宗田理のぼくの日記帳
 
2001年2月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
 

2月28日(水)
今日で2月はおわり。豊橋の図書館へ資料探しに行く。豊橋には明治からつくられた軍隊に一八連隊があったのだが、その資料を入手した。次の小説のアイデアが生まれた。
明日3月1日から秋田へ取材に行く。今度、時期はまだわからないけれど、罪を犯した少年が贖罪の旅をつづける話を書く。それは寒い日、暑い日、雨の日、野宿をしながら自分の犯した罪を語る。石をぶつけられ、棒でなぐられても、語り歌いながらつづける。罪を犯した少年は少年法があるからといって、出所後隠れて生きる道をえらんではいけない。ネット時代に隠れることは無理だと思う。やはり贖罪をして罪を許してもらうしかないのではないか。真理を見いだすには旅に出なければならぬという言葉がある。彼は歩きつづけることによって、人生の意味に到達し、認識するのだ。
それを書くためどうしても雪の東北を見ておきたいので、まず秋田に行き、それからは足のおもむくままさすらってみようと思う。パソコンを持参するので、放浪先から日記を送りたい。パソコンがまだ不慣れなところもあるので、うまくいくかどうか…。『悪魔教師』4章も旅をしながら執筆する。3月3日か4日にはアップできると思う。



2月24日(土)
デパートで「天造筆」という筆を、曰く因縁が面白かったので購入した。こんな一文が西海雑志という本から引用してあった。
天造筆によるサイン色紙
筑前の国博多津より箱崎に至る道筋、往来の左右みな磯馴待つ生い茂りたる白砂の浜辺 に天造筆といえるもの生えり。その草春に芽生じ夏に長ず。是を水に浸し日に晒し手に て撚れるに、川自然に脱落てその跡筆の毛のごとし。風流の人々これを賞美して皆里人 などに乞て寵愛するなり。云々
それで色紙に書いてみた。ほしい人に差し上げます。締めきり3月31日。申し込み方法など、詳細はプレゼントのページへ。



2月22日(木)
名古屋から東京へ戻って来た。
『2A探偵局』のゲラを東京駅の近くの喫茶店(大丸の2階にあるのだが、何回行っても名前を忘れてしまう)で角川書店のIさんにわたす。これで終わり。そのとき言い忘れたが、Iさん少し痩せすぎじゃないかな。彼は女性ではないのだから、ダイエットしているとは思えない。
『ダーク・ネイチャー』カバー写真
新幹線のなかで『ダーク・ネイチャー』ライアル・ワトソン著(筑摩書房)を読んだ。帯に「多発する少年犯罪の根源は何か! 人間がなぜ悪を行うかを生物学の観点から自然界全体を視野に入れて鋭く解き明かす」というキャッチコピーにひかれて買ったのだが、これは面白かった。
人間は悪を行う。ではこれは人間だけのもので、自然界に悪はないのか。人間も自然界の一部なのだから、当然自然界にもあるはずだというのがワトソンの考えで、それをさまざまな動物の生態によって例証していく。ワトソンの結論は、個体の利害を超えたもの、個体よりもさらにどん欲で、さらに悪辣な遺伝子がやらせているのだということなのだ。
遺伝子は一つの個体の生命などというものは斟酌しない。他の個体と調和を保つことにも気を配らない。遺伝子が目的とするものはただ一つ。自分自身が増えること、自分自身が他を圧倒してこの世を独占することだ。ここでは、利己的遺伝子という考え方が受け継がれている。
とにかく常識を一変させられることは間違いないから読むことをおすすめする。


2月20日(火)
一昨日で『2A探偵局 魂の姉妹』を書き上げたので、ほっと一息、というわけにもいかない。これから「ぼくらの悪魔教師」4章にかかる。無料公開部分では最後の章になる。
もう一つ角川から出す次の作品は、戦時下の中学生の話なので、当時の資料調べのために豊橋中央図書館に行き、三河の郷土史や戦時下の中学生の記録などを調べる。戦争末期、ぼくはアメリカ軍の戦車に飛びこむ訓練をしていたが、豊橋の中学生の手記を読んだらそのことがくわしくでていた。

●「戦闘帽の中学生」豊中四七回文集編集委員会
 射撃幹部生徒訓練・高須智武の手記

…当時、渥美半島から御前崎にかけての遠州灘海岸は、関東の九十九里浜および相模灘沿岸と共に、敵軍の上陸地点としての可能性が高い地域と想定されており、怒部隊(本土防衛軍)が海岸線一帯に「たこつぼ」と称する前近代的な陣地を数多く掘っていた。砂地を約1.5メートルくらい掘り、海の方向に、人間一人入れるくらいの横穴を掘った。
一人用の隠れ穴である。砂地なので掘っても掘っても崩れ、アリ地獄のような状態になるので、木の枝葉を立てて崩れを防いだ。
もし敵が上陸してきたら、「たこつぼ」のなかに一名ずつ「破甲爆薬」を二個持って入り補助員がから傘を広げ、砂と海岸の草をうすくかけてカムフラージュする。敵が上陸してきたら、傘を少し上げて偵察し、上陸用装甲車、または戦車が「たこつぼ」の上を通過するときに、破甲爆薬を肩にあて、起爆装置を引っ張り、爆破する。もし通過しなければ「たこつぼ」から這い出して、戦車の下にもぐり、起爆装置を引っ張って爆破する。いわば人間魚雷みたいな戦法である。
敵は装甲車なら二十名、戦車なら三、五名。こちらは一人だから、差し違えるなら、日本男子の本懐だという論法であった。
この訓練を砂まみれになって一カ月間つづけた。帰宅するときは絶対他言無用と言いわたされた。

いまから考えるとマンガみたいなことを真剣にやっていたのである。子どもを盾にして国土を守ろうとした軍人は許せない。


2月18日(日)
感想掲示板を設置して、ぞくぞくと書き込みがあってうれしい。やはり、掲示板は書き込みやすいのだろう。「ぼくら」に希望をもらったという感想などを見ると、これからも、もっとおもしろい作品を書いていかなければと思う。ようやく「2A探偵局」の方が書き終えたので、これから「それからのぼくら」の執筆に取りかかる。少し遅れたが、2月の最終の週には公開できると思う。
人物人気投票の方も、かなりの人が投票してくれている。意外だったのは英治よりも、相原の人気があったことだ。熱くなるタイプより、冷静沈着なタイプが受けるのだろうか。コメントも実におもしろい。みんなそれぞれの受け止め方があっていい。「初めてみたときから一目惚れです!!」というのがあった。ぼくは作品の中で、一度も登場人物の顔のことを詳細に書いたことはない。逆にそのことが、イメージをふくらませていくようだ。小説の中で、空想の世界で出会ったのだろう。なかなかのイマジネーションである。


2月17日(土)
名古屋の自宅に戻る。資料整理や読書。ボクプロスタッフNさんと電話で新しい掲示板の打ち合わせ。以前、「ぼくら新聞」の榎本くんや「解放区」のわんくんから「作品の感想掲示板をつくってくれませんか」といわれていたので、実現することにした。あくまでもぼくの作品についての感想掲示板なので、出会い系とかは遠慮してほしい。「ぼくらシリーズ」1作品の感想や、シリーズ全体の感想、作品論、また「ぼくらシリーズ」のみならずその他の作品の感想も待っている。明日にはアップできるだろう。


2月14日(水)
近刊の『親らしいこと14条』(三笠書房)の見本ができたので受け取る。最近、親らしい親が少なくなってきたので、一度見直してみるのも悪くはない。
この次、戦時下の三河の子どもを書くので、ある人に会った。中学卒業後、たった一人で横浜に出て、屋台のラーメン屋をやり、いまでは桜木町駅の前で「三陽」という店を持ち、そこのギョーザが特に評判で、店はいつも行列でテレビにも出たことがある。その主人の竹内さんが三河出身なので、子ども時代の話を聞いたのだ。当時のワルガキたちの生き生きとしていたことは目を見張るものがあった。いくつものエピソードを聞くことができて、今度の作品に使わしてもらうつもりである。
彼にいわせると、いま子どもたちをこんなふうにしてしまったのは、親が悪いという一言だった。彼は朝から晩まで、ひたすら働いている父親の姿がいつもまぶたに焼きついて、どうしても不良にはなれなかったと言った。ちょうどそういう本が出来たばかりなので、意を強くした。


2月13日(火)
もうあと少しで「2A探偵局」が完成する。こんどの作品はメール交換する人たちのサスペンスを描いた。メールの相手はいったいだれなのか? 人はそこでは、自分の好きな人間になることができる。これはなんと魅惑的なことだろう。しかし、なれるのは自分だけではないと考えると、こんなに危険でスリリングなことはない。メールに惹かれるのは、このスリルがあるからかもしれない。
夜、アレズさんに会った。15日にイランに帰るので、春に取材に行くときの打ち合わせをした。テヘランまでは飛行機で12時間かかる。明日はイランに持って行くおみやげのショッピングにつき合うことを約束した。いつ会ってもエネルギッシュな女性である。帰宅したら11時になっていた。そのあとしばらく原稿を書く。
近日中にぼくの小説の感想掲示板を設置する。みんなの書き込みを待っている。


2月9日(金)
いま書いている「2A探偵局」にはマザーグースがいくつも出てくる。そこでマザーグースの本もいくつも読んだが、ここには面白い唄があって楽しい。その一つにこんなものがある。

 もしできるならやりたいけれど
 もしできないなら どうしてできる?
 できなければできない そうだろう?
 きみだって できないのに できるかい?
 できるかい できるかい?
 できないのに できるかい できるかい?

この唄は「マザーグースのメロディあるいはゆりかごソネット集」(1816年)にある。
テストの答えがわからなかったときなどに、この唄を提出したらどうだろう? その結果の責任は負えない。


2月8日(木)
最近、子どもの凶悪事件が取りざたされるようになってきたが、ここ数日のニュースを見ていると、子ども以上に大人が悪すぎる。とにかく、前から、ぼくは「大人を信用するな」と書いてきたが、ほんとうにひどい。今日の毎日新聞によれば、警察官の昨年の全国の懲戒処分者は546人もいたというのだ。処分を受けた者のうち国家公務員法や地方公務員法に基づく懲戒処分となったのは525人で、前年より249人増加したという。原因別で多かったのは、「飲酒や異性関係等信用失墜」が110人(懲戒免職12人)、部下の「監督責任」が84人、「業務不適切」が75人、「窃盗や詐欺横領等」が74人(同20人)、「交通事故違反等」が68人(同11人)。犯罪を取り締まる警察官がコレである。
さらには、検事や判事、教師に、政治家、医者と、もうこの国の大人たちはどうなっているのか。成人式のモラルのなさも問題だったが、若い人の手本となるべき大人たちがどうしようもない。こんな大人を手本にしてはいけない。だんだん、書いていて腹が立ってきたので、こういう大人をやっつける小説をもっと書きたくなってきた。


2月6日(火)
『親らしいこと14条』という本が2月下旬に三笠書房から出版される。タイトルだけ見るとハウツーものに見えるが、中身はそうではない。
子育てにマニュアルはない。大体子どもなんてサルでもできるのだ。だれかに教えてもらえなければ、子どもが育てられなければ、その種は滅びてしまう。ところが高度文明社会になるほど、子育てで深刻な問題が起きている。昔親たちに何の教養もなかったころ、母親は立派に我が子を育てていた。それは知識ではなく、動物に代々伝えられてきた本能である。
子どもが言うことを聞かない、腹が立つからといって、子どもを殺してしまう親がいる。これは種としての末期的症状ではないか。そんなことをずっと考えていたのでこんな本を出すことにした。「ぼくらシリーズ」の愛読者なら納得できると思う。


2月3日(土)
朝日新聞社で読書感想文コンクール「BunBun大賞」の表彰式があって、ぼくは審査員なので出席した。
学校段階では40万点をこす応募者から、上がってきただけに、どれもがうまい。ことしは定番の感想文が少なかったのはよかった。やはり読書にも冒険がほしい。といっても、「ぼくらシリーズ」では最終選考には残らない。なぜだろう?
審査員の発言として、ぼくはこんな感想をのべた。いまのような情報過剰時代では、本だけでも膨大にある。その中から一冊を選び出すことはむずかしい。だから親や教師の推薦やマスコミの宣伝だけで本を選んでしまう。しかし、本当は自分で選ぶことが必要だ。なぜならいま一番大切なのは情報選択の技術だからだ。そのためには書店にでかけて本を見ることからはじめることだ。
ぼくはもうだいぶ前になるが、神田神保町に事務所を持っていたことがある。そのころは昼になると、毎日古本屋をのぞいたものだ。毎日、本を見ていると、自分の買いたい本がわかってくる。それが、本を買う楽しみでもある。
ただ毎回審査をやって思うのは、読書感想文のうまい人が本好きとは限らないことだけはたしかだ。本は楽しいから読むというのが、読書の楽しみだと思うのだ。読書感想文を強制すると、読書嫌いになる。


2月2日(金)
『ぼくらの悪魔教師』のアイデイアが二つ寄せられた。どちらも面白かった。
いまは「2A探偵局」を書いているので、それが終わり次第とりかかる。教師志望の人たちの期待を裏切らないような教師にするぞ。やがて教師になったら、思い出してくれるような作品に仕上げたい。
夜「ぼくら新聞」のインタビューがあった。いつかみんなで会う会をやろうということになったのでOKした。終わってから原稿を書く。もう一刻も猶予のない時間になっている。

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