宗田理のぼくの日記帳
 
2001年7月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
 
7月31日(火)
『悪魔教師』の最終章の公開が遅れる。最終章は5章と6章に分かれる。待っているみんなには申し訳ないが、もう少し待っていてほしい。



7月26(木)27日(金)
朝8時40分の飛行機で長崎へ向かう。同行は角川書店のDさん。長崎につくとここも猛暑。かつて取材でボルネオに行ったことがあるが、それよりすごい暑さ。中学生の小説を書いていると、取材は夏が多いが、今年の暑さは異常である。街のあちこちを歩いたが、夏休みだというのに観光客の姿がほとんどない。大浦天主堂の近くのシスターがやっている書店で、「celtic spirit」というCDを試聴して買った。

27日は島原まで電車で行き、島原城を見たあとフェリーで熊本に渡る。これまで一時間かかっていたのが30分に短縮された。熊本は長崎よりさらに暑い。取材を終えて博多に向かう。街の取材を済ませて空港に行く。飛行機は8時30分発だが、20分以上遅れたので羽田に着いたときは11時をまわっていた。結局、家についたときは12時であった。
2日間炎天の下を強行軍したので、海水浴にでも行ったような疲労感をおぼえた。顔はひりひりしていたし、腕も真っ黒。Dさんは、さすがぼくとは長いつきあいのベテラン編集者、日焼け対策はバッチリだ。濃い目のサングラスに過激派のように顔をすっぽりとスカーフでおおう。これはベトナムでバイクに乗る若い女性たちがやってた。かなり怪しげである(笑)。
2日間、取材のほうはうまくいった。これが本になるのは来年はじめか。



7月24日(火)
会社、辞めます。私たこやき屋になります『会社、辞めます。私たこやき屋になります』という本が三笠書房から出版された。編集担当が知り合いのMさんだったので読んだのだが、これが滅法面白い。22歳のOLが会社を辞めて、たこ焼き屋をはじめるのだが、大・大成功。新宿で、著者の住本由貴子さんにMさんの紹介で会った。
熊本でいきなりたこ焼き屋をはじめるのだから、さぞかしたくましい女性があらわれるかと思ったら、これがかわいいお嬢さんなのだ。最初は意外と思ったけれど、考えてみればたこ焼きなんてそんなに味が変わるものではない。近所に四、五軒のたこ焼き屋があるのに彼女の店ばかりが流行ったのは、彼女の魅力(キャラクター)にちがいない。
商売というのは、だれでもやれば成功するとは限らない。住本さんはせっかく流行ったたこ焼き屋を惜しげもなくやめて上京。今度は小説に挑戦するのだそうだ。27日には熊本に取材に行くので、彼女からいろいろ取材できたのは幸運だった。



7月23日(月)
午後2時から有楽町の朝日新聞談話室で、中学生たち六人と「21世紀を平和な社会にするために」というテーマで話し合う会を行なった。主催は「朝日中学生ウイークリー」である。集まったのは北海道から神戸など各地からで、テーマがテーマだけにみんな苦労していた。
平和とは何かといわれても簡単には答えられないのは当然である。人間ってサルから分かれて、森を出て集団生活をして以来、よそのグループとは戦ってきた。それがやがて大きな種族となり、国家になると戦争のやり方もエスカレートし、ついには地球を破壊しかねないところまできてしまった。こうなったら戦争をしないことがいいのはわかっているのに、いっこうに戦うことをやめない。困ったものである。
しかし放っておいたら、被害をこうむるのは若い世代である。平和の問題は自分たちの将来にかかっていることを真剣に考えなくてはならない、というようなことを話した。ぼくは中学生のときに戦争を体験したので、みんな何かを感じてとってくれたと思う。
最近は、戦争を賛美する本を読んで、ぼくより戦争のことをわかったような気分になっている若い人もいる。机上の空論、“戦争読みの戦争知らず”はかわいそうだ。



7月21日(土)
昼に愛知県御津町の教育長Yさんと8月30日の講演についての打ち合わせ。午後4時からは豊橋市役所に行き、豊橋市のあり方についての意見を言った。豊橋に長く住んでいた関係から、豊橋の大使ということになっている。ただし無給。支給されるのは、名古屋から豊橋までの電車賃だけ。
いまモラルについて書こうと思っているので、豊橋をモラルのモデルシティーにしたらと進言した。夜、花火があるのでぜひ観てほしい、と言われたが用事があったので名古屋に帰った。明日は東京に帰る。



7月19日(木)
名古屋の朝日新聞社に行って「少子化」の話をする。7月26日のくらしのページ「オトコのミカタ」に載る予定。いろいろ話したけれど、スペースが少ないので言いたいことの一部しか出ないのはしかたないか。
名古屋も暑い。



7月16日(月)
「ぼくらの解放区」の掲示板を見ていたら、自殺しそうな友だちがいるけれど、どうしたらいいか教えてほしいという投稿があった。それに何人かの人たちが自分の考えを述べているのだが、それがどれも心が暖かくていいのだ。読んでいるとほのぼのしてきて、じんとくる。近頃の若い人っていいヤツがいるなあ、ぼくが信じていたのは間違っていなかった、と改めて思った。まだ読んでない人は「ぼくらの解放区」へいって「友達」を見てほしい。君たちならどうする?
久しぶりでいいものを読んだ。



7月15日(日)
ぼくは朝早く起きて仕事をするので、昼過ぎには気分転換に外出することがある。今は、猛暑だが、それでもぼくは帽子をかぶって出かけることが多い。普通なら、夕方涼しくなってから出かけるのだろうが、ぼくの場合は、猛暑の方が頭がさえてくるのだ。暑い中、外出すると、アイデアがけっこうわいてくる。
昔、少年の頃、炎天下の中、海軍基地の跡地でよくドラム缶ころがしをやった。ランニングシャツ一枚で太陽の光をいっぱいに浴びて、暑かったが、楽しかった。少年時代に暑い中を駆けずり回っていたので、いま暑くても平気でいられる。
今日は午後から、新宿の紀伊国屋書店へ。道徳関連の書籍を5冊買う。
『悪魔教師』ももう少しである。



7月13日(金)
今日も猛暑。
午後角川書店に行って、この時点で入金確認済みの人に『新・ぼくらのサムライ魂』のサインをして郵送した。土曜日に届く人がいたら幸運である。
そのあと次の企画の打ち合わせをした。いまの大人たちは道徳の勉強をしていない。それが平気で公衆道徳をふみにじる行為をする原因ではないかと思う。これから否応なしにネット社会になるが、そこではモラルがなかったら無法社会になる。
学校教育でいちばん必要なのは道徳なのに、戦後は道徳というと戦時中の悪夢を思い出して敬遠してきた。それが非道徳社会を生み出した原因だと思う。すべての人たちが自己中になったら、原始時代と変わりはない。それは便利であると同時にすごく住みにくい世の中になるのは目に見えている。そうならないためには何よりも道徳教育が必要である。だから、大人も子どもも読める『道徳副読本』をつくろうと提案した。
7時から新宿でTさんの結婚を祝う会をやった。Tさんは結婚式を終えると水ぼうそうになってしまった。大人ではあまり縁のない病気である。そのせいでもないが、祝う会が13日の金曜日になってしまった。会えば話はつきない。みんな前から集まっている人ひとたちだが、すでに三組のカップルが誕生した。残るのはNさんだけ。彼女をどうするかは今年の懸案事項にしよう。



7月12日(木)
昨年の9月に目の手術をして以来、2回目の検診に行った。ぼくの行く眼科医は白内障の権威の医者がいるところなので、全国から患者が来る。だから、今日も満員で待たされた。暇つぶしに読書をしようと思ったのだが、検眼のまえに瞳孔を開かせるための目薬を注入されたので、焦点がぼやけてしまい読書もままならず。結局、そのまま2時間近くボーっと待っていた。午後3時から入って、終わったのが6時過ぎだった。眼の方は何ともない。今日は、仕方ないので、『悪魔教師』の残りの部分の執筆もできなかったが、なんとか今週中には仕上げたいと思っている。
ボクプロNさんと電話で、明日のC社のT君の結婚祝賀会の打ち合わせ。13日の金曜日、不吉な日に結婚祝賀会とは…。T君は以前、『黒十字戦記』などで世話になった編集者だ。

メールコーナーに「たらんてらさん」が「もし子供が教科書を作ったら、とても面白いものが出来ると思うんです」と書いていた。
子どもたちが作る教科書。アイディアは面白いけれど、もともと教科書は子どもの知らないことを教えてくれるものだから、それを自分たちで作るというのはどうかな。考えられるのはあたえられた教科書のパロディーまたは副読本を作ることだ。これならやってみる価値がある。「ぼくらの道徳」なんてぜひやってみたいね。そんなことを思いつき、角川書店Dさんと電話で話したら「おもしろい」と言ってくれた。
教科書でもっともらしいことを言う大人が現実では大うそつきで、悪いことをしても全然反省しない。この教科書ではそういう大人のやっつけ方まで載せたほうがいい。どういうふうにやるか、ちょっと考えてみたい。



7月8日(日)
見えない道ラスト・バリア何日もかかったが、ルシャッド・フィィールドの『ラスト・バリア』と『見えない道』(共に角川書店刊・ルシャッド・フィールド著/山川紘矢・山川亜希子訳)を読んだ。「あとがき」に、
私達は意識するとしないにかかわらず、誰もが「見えない道」を旅しているのではないでしょうか。そしてその途上に、必要な時に必要な出会いが用意されています。…私達がこの本に出会ったのも、すでに定められた道の一部だったのでしょうか。
とあるが、2冊とも読後に不思議な印象が残る。そういう本はめったに出会えない。
本書はイスラム教の神秘主義スーフィーを通して、主人公が自己を見つめ、自分を束縛し制限している思いこみや感情から自由になって、神と自らの関係を知りはじめるまでの物語である。
スーフィーはイスラムの密教で、スンニ派、シーア派といったいわゆるイスラム教とは一線を画している。本書に出てくるメウレヴィー教団はトルコのコンヤを中心に現在も活動をつづけているそうだ。
始祖のメブラーナの詩
愛に理由はいらない
愛だけで真実を示し、愛する者となれる
神を告げる者の道は真理の道
もし生きたければ、愛に死ね
愛に死ね もし、生きながらえたいのなら
『見えない道』は死に直面した愛の物語である。肉体は必ずほろぶという事実、そして今という時が私達にあたえられている唯一の時間だということを受け入れられさえすれば、与えられた貴重な時間を一瞬たりとも無駄にせず、情熱的に生きはじめることだろう。そして自分たちが愛されていることを知った時、時間は私達の味方となるだろう。本書の老人が死ぬくだりはすばらしい。

猛暑のときはこういう本を読むと納涼になる。



7月7日(土)
1937年の7月7日、日中戦争がはじまった。当時は支那事変といった。ぼくは小学校三年で、東京から三河へ引っ越したばかりだった。戦争はそれから昭和20年まで8年間つづいたから、ぼくの少年時代は戦争のまっただ中というわけで、いまの少年たちでは想像もつかないのは当然である。それは決していい時代ではなかった。というより悲惨としかいいようがなかった。それなのに、最近戦争を美化するような風潮があるのは危険である。もう一度あの時代に戻ってはならない。あのころ、日本は神国、八紘一宇、撃ちてしやまん、一億一心などという挑発に乗って日本中が熱狂して戦争に突入した。アメリカと戦うことがいかに無謀だったかは、今なら中学生だってわかるのに、そういう声はまったく封殺してしまった。
その結果、ぼくらは危うく爆弾をかかえてアメリカの戦車の下に飛び込むところだった。兵士はといえば、日本を遠くはなれた南の果てで、食うものもなく道の端で野垂れ死にしたのである。その姿は悲惨としかいいようがない。そして最後は原爆である。戦争とはそういうものであるということを、ぼくらは自分の体で実感している。
そんな戦争の体験も半世紀もたつと風化して、ふたたびヤマト魂を復活したくなる。しかし声高にそれを唱える人たちに、お国のためなら南の果てで野垂れ死にしてもいいと覚悟しているのか聞いてみたい。おそらく死ぬのは自分ではない一般の兵隊だと思っているにちがいない。
だれでも親子きょうだい、故郷、国を愛する感情はもっている。それをあえて鼓舞するのは思い上がりであるし、そんな挑発に乗ったらどうなるか、結果は目に見えている。
日本を大国にしようと考えるのは危険な幻想だ。自虐史観などという言葉にだまされてはいけない。それは愛国心などというものではない。悪魔のささやきである。



7月4日(水)
外科のS医師に会って、腹を刺されたときの様子を聞いた。なんで、そんなことを聞いたのかというと、小説の中でそういう場面を書きたいのだが、やはり現場の医師に聴いてみないとリアリティーが今ひとつだからだ。
ナイフで刺して血が噴き出すなんてことはない。外にはじわりとしみ出すなんて聞くと、そうかと納得するところがいくつもあった。
その後、精神科のF医師に会って、治療の実態を教えてもらった。小学校四年の子が不登校になって、いろいろ聴いてみると、自分の悩みなど、たとえばいじめられたとかといったことを母親に話すと、すぐ先生に言いつけてしまう。それがいやだから母親に悩みを話すこともできない。そうしているうちに学校へ行けなくなってしまった、ということが不登校になった原因だとわかった。そこで母親を呼んでいっしょに話し合い、母親も反省して子どもの話を聞くようになってから、登校拒否も自然に治ったそうだ。面白い話は、その他いくつもあった。
今日は35度、猛暑だった。
榎本くんたちがやっている「ぼくら新聞」の最新号ができた。ボクプロへのインタビューが載っていて面白い。ぜひのぞいてみてほしい。



7月2日(月)
『新・ぼくらのサムライ魂』の申し込みを続々といただいている。
みんな、ありがとう。

今日はちょっと難しい話。
第二次世界大戦において、日本人の戦没者数は310万人、その中で軍人軍属の死者数は230万人とされている。いわゆる「靖国の英霊」である。ところがその実態は戦闘の中での名誉の戦死ではなく、大半は飢餓地獄の中での野垂れ死にであったというのが『餓死した英霊たち』(藤原彰著 青木書店)の内容である。
戦争における餓死者の大量発生はどこの国にもあるというものではなく、日本独自のものなのだ。なぜか?
それは日露戦争以後の日本軍は精神主義を根底とした攻勢至上主義をとり、作戦担当者はこの積極主義者によって占められた。しかも彼らは独善と専横を育てるエリート教育を受けていた。そもそも無茶苦茶な戦争をはじめたこと自体が非合理な精神主義、独善的な攻勢主義にかたまった陸海エリート軍人たちの仕業であった。戦争をするかしないかという最高国策の決定は幕僚層のリードによって決まっていた。それは参謀本部の作戦部作戦課、陸軍省の軍務局軍務課の課長と課員であったというから驚きである。
かれらはいずれも幼年学校、ドイツ語専修、士官学校、陸軍大学卒の成績上位者であった。作戦目的達成のためには兵が飢えることも意に介さない。死ねという命令まで出すという非人間的な面も見せた。彼らには兵士の生命を病気や飢えで失うことへの罪悪感が欠けていたのである。そのために前途のある青年たちを餓死させた責任は重い、という言葉では言い尽くせない。
戦後も一握りのエリート官僚にまかせたばかりに国策を誤ったという実態を目にしている。同じ過ちをくりかえしてはならない。



7月1日(日)
今日も一日暑かった。『悪魔教師』の執筆に取り組む。
7月25日発売予定の『新ぼくらのサムライ魂』(角川文庫)のサイン本販売受付を明日にはできそうだ。ボクプロのNさんより連絡があり、BitCashでの決済システムの構築にかなり時間がかかったという。しかし、それもボクプロのウッドマウスさんのおかげで、ほぼ完成。
明日には、郵便振替と、BitCashでの予約購入ができる予定だ。ちなみに、代金は本の価格が560円(税込み)+送料手数料250円で、合計810円になる。郵便振替の人は810円に振替手数料の70円がかかり880円になってしまうが、BitCashなら送金手数料はかからない。購入冊数は一人1冊まで。
みんなからの注文を受け付け、7月20日頃には発送できると思う。みんなからの購入申し込みを待っている。

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