宗田理のぼくの日記帳
 
2001年8月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
 
8月30日(木)
愛知県御津町に講演に出かけた。演題は「大人は子どもに何を伝えたらいいのか」で町の文化会館で午後1時30分から3時までという予定だったが、講演が終わってからの質問が多くて時間は大幅に延びてしまった。ぼくの持論だが、母親は子どもに対して、あなたのためにしているのだということは決して言ってはならない、あなたが好きだからと言えば子どもは納得してくれるということを話したが、わかってもらえただろうか。



8月29日(水)
ボクプロNさんと昼にうち合わせ。新企画を考えている。題して、「ぼくらはどう生きるか」。ぼくが2週間に1度、テーマを出して、みんなでいろいろと掲示板に書き込んでもらうというもの。ウッドマウスさんが現在、その掲示板設置をやってくれている。第1回は親についてやりたいと思っている。決まったら、トップページからリンクを貼るので、みんなの参加を待っている。なお、この企画、みんなの書き込みが続いたら、角川書店より1冊の本にするつもりなので、よろしく。みんなの書き込みが本になるぞ。



8月26日(日)
『「祈りの庭」の女の子』
▲大賞受賞作『「祈りの庭」の女の子』
池袋の西武百貨店6階にある西武アート・フォーラムに行って、ユネスコ・アジア文化センター主催の「色で織りなす世界の旅」第12回野間国際絵本原画コンクール入賞作品展を見に行った。54カ国290名から308作品の応募があって、その中で大賞を取ったのがイランのナスリン・ホスラビさんの『「祈りの庭」の女の子』であった。
そのナスリンさんと会食しながら、いろいろ話すことができた。通訳はアレズさんである。27日にはイランに帰るというのに3時間も話してしまった。
彼女はテヘラン大学美術学部でグラフィックスの学士を修得、青少年知的開発研究所のグラフィック・アーティスト。
子どもに対する関心の持ち方は共通するものがあったので、話はだんだん盛り上がって、彼女のイラストレーションと合作で本を作ろうということになった。さて、どんなものになるのかまだわからないが、すごく楽しく、ほのぼのとするものになることは間違いない。
夢がふくらんできた。



8月21日(火)
台風が近づいている。午前中、早めに名古屋を出て東京へ。早く出たので、新幹線が止まらずにすんだ。
ボクプロNさんと、電話で今後のボクラコムの打ち合わせ。新しいことを考えている。
郵便振替は、今日は休み。

『ぼくらの悪魔教師』公開からすでに1週間、実に多くの方からの購入申し込みをいただいている。みんなありがとう。ただ、時折、郵便振込で間違ったメールアドレスを書いてくる人がいる。メールアドレスは、1字でも違うと、パスワードメールを送ることが出来ない。書くときには十分注意をお願いしたい。



8月18日(土)
書店に出かけて本を何冊か買ってきた。『ダーウィン・ウォーズ 遺伝子はいかにして利己的な神となったか』(アンドリュー・ブラウン著 青土社)、『人はなぜ悪をなすのか』(ブライアン・マスターズ著 草思社)、『人はなぜ感じるのか?』(ビクター・S・ジョンストン著 日経BP社)、『毒になる親』(スーザン・フォワード著 毎日新聞社)、『平然と車内で化粧する脳』(沢口俊之・南伸坊著 扶桑社)。
この5冊いずれも面白い。つい読みふけってしまった。



8月15日(水)
56年前の今日はぼくにとって特別の日であった。当時は愛知県の三河にいたのだが、その日は水曜日で勤労動員に出かけていた工場が休み。地震で倒壊した家の後かたづけに行っていた。
昭和20年1月に三河地震があって、2000人以上の人が死んだのだが、戦争中の報道管制で三河以外の人は知らなかった。日本中が焼け野原になっていたのだから、知ったところで無関心だったにちがいない。その倒壊家屋の中で、潰れるのをまぬがれたラジオで玉音放送を聴いた。意味は不明だったが戦争に負けたのだということはわかった。その第一印象は決してうれしいものではなかった。もうすぐ上陸してくる米軍の戦車の下に飛び込むのだと覚悟していただけに、虚脱感でしばらくぼんやりしていたような気がする。
その日のことを新聞はこう伝えている。
中部日本新聞 8月16日
”昭和二十年八月十五日正午”この日を私たちは永遠に忘れることができないであろう。
職場では集合場に、隣組ではラヂオのある家に、街歩く人々は街頭マイクの下にと集まった。敵が非道の新型爆弾を用ひはじめたこととソ聯の勝手な参戦で祖国の重大さをひしひしと身に感じ憂ひていた国民ではあったが、いま聖上陛下の御声をいただき、民族の保全に御しん軫念あらせられる詔書を拝したとき
_陛下お赦し下さいませ_
頭を深くたれ嗚咽がいつしか激しい涙となり、いつまでも頬をぬらしてゐた。
街頭にて、人々はマイクを整然とかこんだ。時報が終わると崇高な君が代がながれてきた。
そしていま
聖上陛下の御声を拝し奉ったのである。
_申し訳ございません_
誰もが身体のうち震へるやうな一刻であった。
 (中略)
皇国は悠久だ。民族のいのちを信じやう。
歌声にひめられた若者たちの決意であった。
その日名古屋気象台の記録によると、この日の最高気温は三十六・五度、湿度は七十六パーセントであった。

56年後の今日もあの日と同じ猛暑。



8月13日(月)
昨日から腰が痛くなった。その痛みは左脇腹に広がってきた。腹がつるような痛さである。さしこむような痛さとは違う。これは尿路結石、独特な痛さである。
ぼくは30代の終わりから大体4年に一度、腎臓でできた石が落ちる。その痛さは転げまわるような激痛だというが、ぼくの場合は耐え難い痛みではない。それでも我慢はできない。さっそく、近所の病院に行って鎮痛剤をもらった。飲めば痛みはけろりと治ってしまうが、石が落ちるまでは、いつぶり返すかわからない。
数年前ロサンゼルスで見舞われて、病状を現地の医師に英語で説明するのに苦労した。お盆はみんなが休養するときだが、『ぼくらの悪魔教師』も終わって、一息ついたときにやってくるなんて、石も心憎い。



8月9日(木)
午後6時半から青山のトルコレストランで恒例の「イランを語る夕べ」が催されたので出席した。いつもの顔見知りのメンバーのほかに中東から帰ったばかりの人など合計15人。イランとイラクの緊迫した関係など、新聞ではわからない新しい情報が聞けて面白かった。ぼくはもっぱらオブザーバー。今企画している小説の参考になることがいくつもあった。貸し切りだったので、トルコ女性のベリーダンスも見ることができた。



8月8日(水)
当サイトで連載中の『ぼくらの悪魔教師』は11日(土)に最終章を公開するが、郵便振替の先行受付を明日からでも開始する。ココから名前や住所を書いてフォーム送信し、近くの郵便局で送金してほしい。ボクラコムに払込票が到着したら、パスワードをメールで送信する。なお、郵便振り込みを先にした人は、忘れず名前や住所を上記リンク先からフォーム送信をしてほしい。
「朝日中学生ウイークリー8月5日号」に『ぼくらがつくる21世紀の「平和」』ぼくと6人の中学生との座談会が載っている。出席者は、柳原 暁君(北海道江別市立命館慶祥中学一年)、門崎綾乃さん(埼玉県川越市星野学園中学一年)、鈴木ほなみさん(東京都中の区立第八中学二年)、竹澤侑利さん(東京都渋谷区、三年)、石川 航君(神奈川県川崎市立御幸中学三年)、鈴木勇人君(兵庫県神戸市立本山中学三年)、司会は「朝日中学生ウイークリー」編集部。
「なぜ戦争はなくならないのか」「今の日本は本当に平和なの?」など、戦争中に少年時代を過ごしたぼくと「平和」について語りあった。
夏休みに学校に行ったらぜひ読んでほしい。



8月7日(火)
昭和20年8月7日。広島と長崎の原爆投下の間にはさまったこの日。だからこの惨事を世間の人はあまりしらない。
愛知県豊川市にあった豊川海軍工廠、ここは東洋一の日本海軍の軍需工場であった。この日の朝B29の攻撃を受けて、数十分で壊滅してしまい、二千数百人の戦死者を出した。その中には勤労動員で働いていた中学生もふくまれていた。当時中学2年生だった中学生がどう生き、どう死んでいったかを描いたのが『雲の涯』(角川文庫)である。ぼくが生き残りの人たちに会ったののは彼らが還暦を迎えたときだったが、彼らは昨日のことのようにそのときのことを覚えていた。図書館で見つけたらぜひ読んでほしい。きっと生と死について考えさせられると思う。



8月5日(日)
朝五時。朝になって雨は上がったが、曇り空で気温は秋みたいだ。きょうは東京に帰る。



8月4日(土)
どこへ行くのにもノートパソコンを手放したことはない。朝から打っていたが、午後4時過ぎに下へ降りて行った。東京とくらべたら、耐え難い暑さではない。魚屋に行って、大ぶりの石がれいを買った。家に戻って煮てみたが大味でうまくなかった。かれいは小ぶりのほうがうまいということはわかっていたのに失敗した。
最近日本人も大きくなったが、「うまい」人間は減った気がする。小ぶりのほうが日本人らしい。かれいと人間を比較するのは暴論か。夜中、寝ていて寒さに目が覚めた。外は雨ですっかり気温が下がっていたので、窓を閉めた。



8月3日(金)
『ぼくらの悪魔教師』を書き終えたので熱海に出かけた。今夜は伊豆山の花火大会でぼくの部屋からだと山一つ向こうである。最初は何の音かと思っていたが、窓の外を眺めたら花火があがっていた。遠い花火というものもいいものである。部屋を暗くしてしばらく眺めていた。



8月2日(木)
今日やっと『ぼくらの悪魔教師』が完成した。最初の計画では5章で終えるつもりだったが、それでは書ききれなくて6章になってしまったので完成が遅れた。“悪魔教師”英治と生徒たちの対決の行方はいかに! 5、6章、エピローグをまとめて公開する。有料公開で300円。
公開日は8月11日(土)、時刻未定。当日、BitCashでの受け付け開始。郵便振替は数日前から受け付け開始をする。みんなの購読をココロより待っている。

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