宗田理のぼくの日記帳
2002年1月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
1月24日(木)
家庭裁判所の調査官たちとシンポジウム形式で、講演を行ったあと話し合いをした。
テーマは「他者の命を奪った少年と向き合うとき」で、ぼくが「罪を償う生き方とは…『13歳の黙示録』でうったえたかったこと」という基調講演を行った。ぼくは人を殺すような罪をおかした少年は、年齢にかかわりなく一生その罪の償いえをしなければならないと思っている。だから『13歳の黙示録』の主人公の少年が出所したあと、どう生きるかを書いてみようと思っている。彼は隠れて生きようとはしない。そうなったら、世間は彼を受け入れるだろうか。
講演のあと調査官の二名が被害者を死亡させた重大事件において、どのような姿勢で加害少年の面接調査にのぞんだか。加害少年の内面をどのように理解し、語りかけたか。被害者、遺族の無念をどのようにつたえたか。という報告があり、そのあと討論をしたが、新しい小説を書くうえに大変参考になった。



1月21日(月)
人間ドッグほどではないが、久しぶりで体を調べてみた。結果はノープロブレムだったので、今年も安心して仕事ができそうだ。
ベネッセの「チャレンジ」での連載がはじまるので主人公のキャラクターを決めた。みんなからお母さんとよばれる謎の留年女子生徒。どんなトラブルも解決してくれる。彼女にとって生徒はみんな子どもみたいなものなのだ。しかし成績はビリだから卒業できない。
こんな生徒がいたら学校は楽しくならないかな?



1月19日(土)
小学五年生のA君と会食して、いろいろ話を聞いた。2時間ほとんどしゃべりっぱなしだったが、全然退屈しなかった。
最近の小学生は『ぼくらの七日間戦争』のころの中学生を超えている。それはパソコンだ。この魔法の道具を手に入れた彼らは、大人の想像もつかないものに変貌しつつある。教師のほうはとても追いつけない。そうなるとどうなるのだろう?学校なんて生徒が自由に変えられる時代がやってくる。現実はフイクションを超えている。そんなことを感じさせるA君との2時間だった。



1月14日(月)
1月10日の日記で1月17日は「金色夜叉」の日だと書いたら。その日は阪神大震災の日だとメールコーナーで「もみじさん」にいわれておどろいた。では聞くけれど、1月13日は何の日か知ってるか? 多分ほとんどの人は知らないと思う。ぼくだって忘れていたのだから。
昭和20年1月13日未明、三河地方を激震が襲い2500人余の人たちが死んだ。今だったら大事件である。第二次世界大戦末期だったので新聞では被害わずかとしか報道しなかった。もちろんどこからも援助の手など差し伸べられなかった。倒れた家から重傷者を助け出すこともできなかった。日本中が焼け野原になっていたので同情の声もなかった。というより事実を知らなかったのだ。
それから57年、三河地震もすっかり風化してしまった。ぼくは当時現地にいたのだが、柱がネジ折れる音をいまでも覚えていたつもりだったが、1月10日の日記ではすっかり忘れていた。往時茫々である。ちなみに今日は「成人の日」であるが、ぼくは何の関心もない。



1月10日(木)
正月すぎからかぜを引いて、せきは出る、鼻水は出るでさんざんだった。少し早いけれど1月17日は、金色夜叉(尾崎紅葉著)の全編クライマックス、熱海海岸の場である。引用してみよう。
一月の十七日、宮さん、よく覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! いいか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ
ぼくがはじめて勤めた出版社の社長は有名な高利貸しだった。しかも生まれた日が1月17日だったのだ。彼はむしろそれを自慢していたのでぼくは1月17日になると、いまでも天気がきになるのだ。ことしはどうだろう?

※金色夜叉(こんじきやしゃ)は青空文庫で全文無料で読むことができる。昔の作品だが、興味のある人はどうぞ→金色夜叉(青空文庫のページ)



1月3日(木)
朝、カーテンを明けると窓の外は雪。名古屋でこんな雪景色を見るのははじめて。東名も閉鎖。新幹線も大幅に遅れているらしい。昼頃雪が小やみになったので外に出でてみた。この日のために買ったスノーシューズを履き初めである。新雪を踏みしめる感触は快い。小さな公園で子供が雪だるまを作っている。かなりの積雪であった。
今年は連載が二本あるのでうかうかしてはいられない。書きたいものもいくつかあるが、書き上げるためにはエネルギーがいる。あわてず、いそがずでいくしかない。
年末に買った『うちの犬が変だ!』(ニコラス・ドットマン 草思社)を読む。犬を飼っているわけではないのだが、この題名が気に入って買った。犬をおばあちゃん、または先生に置き換え読むと楽しい。
こんな目次がある。
・攻撃的な犬。
・犬と人間、えらいのはどちら?
・犬同士のけんか。
・人間を愛しすぎた犬。(これは生徒を愛し過ぎた先生)
・小心にして大胆。
・手探りの治療
などなど。
テレビの質の悪いバラエティーよりよほどおもしろい。

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