宗田理のぼくの日記帳
2002年9月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
9月26日(木)
午後『週刊ポスト』編集部のデスクIさんほか4人が『子どもたちの戦友』と寺子屋運動について取材に来訪。
かつて戦争に負けて日本中が焼け野原になったとき、ただひたすら豊かになれば幸せになれると闇雲に働いた。やがて大人になったときかつての大人みたいに子どもを不幸にしようとしている自分に気がついた。
歴史は繰り返す。このままいったらこどもたちの未来はどうなるのか。大人も子どももまだ気がついていない。それを知らせたくて寺子屋運動をはじめた。これは焼け跡世代のせめてもの償いでもある。
こんなことを話しているうちに2時間過ぎてしまった。



9月25日(水)
新しくお母さんになる人のための本を出そうと思っている。海竜社のFさんから電話があったとき話したら、ぜひということで今日打ち合わせにやってきた。
母親向けの育児書は数え切れないほどあるが、いざどれを読んだらいいかとなると、読めば読むほどどうしていいかわからなくなる。情報は多ければいいというものではない。
子育てなんか、何万年前からごく自然に行われてきたのに、なぜ現代人ができなくなったのか。そのあたりのことを若い母親に話したい。
そして少子化時代にどう子どもを育てたらいいのか。Fさんと話こんでいるうちになんとか本の骨格が見えてきた。来春には発売できるようにという約束をしてしまった。これからが大変である。



9月19日(木)
荻窪駅のすぐ近くにある「寄港地」という店に6人集まった。この店は元角川書店にいたEさんがはじめたので、今夜は二度目である。Eさんは名古屋支社長だったころマンションが一緒だったこともあり、ずっと親しくしている。飲めて食べられる店なのだが、ぼくは飲めないが、あとの5人は飲めるので、時間が経つにつれて角川書店のMさんがまだ生まれていない昔話で盛り上がってきた。
そういうこともあろうと予想したので、みんなより一時間ほど前にやってきて、Mさんと来春刊行する「2A探偵局」の打ち合わせをすませた。今度は修学旅行に出かけたクラス全員が先生殺しの犯人にされてしまう話だ。もちろん犯人捜しは2A探偵局。
いつものように「ボクラコム」のN夫妻。それにぼくが週刊誌の編集をやっていたころの仲間であるNさん。よく歩き、野草を食べているので元気だ。仲間の最後は全部見届けてくれるという頼もしい男である。
それに当サイトで「保健室」を担当してくれているマルさん。彼はすこし遅れてきたが、その間にNさんが「マルさんに健康の話を訊いてはいけない」と忠告があった。なぜならそれを話させたら朝になるからだ。こういう友のことを「金契蘭結」という。易経にある言葉で金蘭の契りともいう。いい夜であった。
店は大盛況で、これなら大丈夫と安心。



9月15日(日)
今日は敬老の日。しかしあと12年経つと65歳以上の老人が人口の4分の1を占めるという。それでも敬老といえるのだろうか。現在でも100歳の老人が1万5千人を超えるが、これがさらにふえれば、長寿だといって市長がお祝いに駆けつけるのもあとわずかで、長凶だといわれる日も遠くない気がする。
老いてゆく未来21世紀の脅威は、核兵器、化学兵器、生物兵器の拡散、ハイテク・テロ、致死性ウイルス、極端な気候変動、あるいは民族紛争や軍事衝突などが知られているが、実は先進社会の高齢化はそれらの脅威にもまして未来をつくりかえる可能性がある。(『老いてゆく未来』ピーター・G・ピーターソン著)
30年前、退職した高齢者はほとんど政治力を持っていなかったが、今日では日本を除くあらゆる先進国で、組織化された巨大な存在になっている。オランダではすでに「年金党」があらわれている。やがて若者と高齢者の対立があらたな「南北問題」になるともいっている。
敬老の日はこういうことを考える日だと思うが。



9月11日(水)
先日、出版記念会をやったイタリア料理店「パパアントニオ」に出向く。そこの厨房で働いている青年Nくんに会うためだ。Nくんは「ぼくらシリーズ」の大ファンで、高校を中退後、現在はイタリア料理の修行中。まるで日比野のようだ。姿は日比野のようには太っていなかったけど。
僕は彼のことを人づてに知り、ぜひ新たにゲストコラムで書いてもらおうと思った。彼と話していて、実は「ボクラの寺子屋」に彼とそっくりな生き方をしている書き込みがあったので、「君にそっくりだよ」と言うと、Nくんは「実は、それ、僕が書いたんです」という。とにかく、おもしろいものになりそうだ。
帰りに、店の主人、コメンダトーレ・アントニオ・カンチェミ氏につかまってしまった。アントニオ氏はよくしゃべる。彼の話は半分くらいはわからないが、それでも僕はフムフムと聞いていたらすっかり遅くなってしまった。



9月9日(月)
「ぼくらの寺子屋」をはじめてから、いろいろなところから来てほしいという要望があるので、できるだけ出かけることにしている。11月29、30日は鹿児島に行くことがきまった。
ぼくと親しい豊橋市の教育長から送られてきた案を紹介する。寺子屋をはじめようとする人には参考になるのではないかと思う。

「ぼくらの寺子屋」開校について(案)

  1. 目的
    地域の身近の人を招いて話をしてもらい、地域社会のモラルの向上をめざす。『心の学びや』となるように
  2. 主催者
    地域・総代会(あるいは地域でそれに替わるもの)が企画運営にあたる
  3. 場所
    寺子屋は、校区市民館に開設する
  4. 対象
    校区内の児童・生徒・地域の方々
  5. 講師陣
    講師としては地域在住のたとえば
    • 文化人、芸術家、郷土史家
    • 特技を持つ人、一芸に秀でた人、その道の専門家
    • 医師、警官、教員、スポーツ指導者
    • 保護司、民生児童委員、主任児童委員などこうく関係団体の方
    • 寺の住職、宮司さん
    • 戦争体験者、在住の外国籍の方
    • 校区の歴史や昔話にくわしい方
    • 総代さん方
     こういう方々の体験談を聴いたり、その方らしい知識情報をもとに話をしていただくことは、生きた勉強になる。  もちろん他地域の方でもボランティアとして引き受けてくださる方ならだれでも可
  6.  備考
    1. 宗田理が総合講師になり『ぼくらの中央大会』を開く
    2. 講師はこの趣旨を理解してくださる方におねがいし、ボランティアとして参加していただく
    3. 寺子屋の会員は会費無料。成人でも子どもでも、だれでも入会できる。とくに間もなく母親になる女性にはぜひ参加してほしい
    4. 講師陣は、将来は人材バンクに登録してもらい、どの地域の寺子屋にも参加してもらえるようにしていく。(インターネットで全国の寺子屋とつながることが可能である)
    5. 二人でも三人でも、形にとらわれずに、集まったところからはじめればいい
    6. 寺子屋憲章などつくって唱和したら?たとえば“あいさつをしっかりしよう”
    7. 心の教育の場にする
    8. 将来はどこでも好きな寺子屋の授業に参加できるような体制をつくる
    9. 暇をもてあましている老人のための講座をつくることによって老人にも参加してもらって、むかしのような“老人のいる共同体”をつくる



9月1日(日)
『ぼくらの七日間戦争2』の映画監督だった山崎博子さんが、メキシコの井戸掘りのNGO活動を追ったドキュメンタリー映画をつくった。このほど名古屋・東京・大阪で上映される。タイトルは「タラウマラの村々にて」。
紹介ページのURLを下記に載せておくので、興味のある方はどうぞ。東京では9月7日から、シネマ・下北沢で上映される。
「タラウマラの村々にて」のHP

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