宗田理のぼくの日記帳
2003年1月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
1月28日(火)
朝日新聞に2月上旬に掲載するエッセー「子どもたちの戦友になりたい」を送る。
夜「青の炎」の試写会が渋谷公会堂であったので出かけた。場内は若い観客の熱気がすさまじい。ジャニーズの二宮君目当てらしい。この映画の主役の高校生を演じていたが、いい感性をしているなと思った。よかった。
ストーリーを簡単に言ってしまえば、高校生の主人公が家に入りこんできた男をころし、ついでその偽装工作を見抜いて脅迫する友だちまで殺してしまう(殺された二人はそこまでワルか疑問)。この短絡的な行動は、いかにも現代の若者らしいが、ずっと人を殺すことにこだわり続けているぼくにとっては、ラストで死んでしまう主人公には抵抗がある。泣ける映画だというが、ぼくには、泣けるのは殺された友達の家族であって、主人公に同情はできない。
ぼくが今書いている「13歳の黙示録」の後編は人を殺した少年が少年院を出てからの話だが、そのなかで、彼が犯した罪をどうやってつぐなうか、その苦闘を書いている。彼の生きていく道はつらい、しかし彼は真っ直ぐに荒野に突き進んでいく。
悪いことをしてもごまかしてしまう。あるいは面倒になったら死んでしまえばいいという風潮。これはまさに末期的な予兆だ。そんな時代にこんな少年がいてほしいという願望があって書き続けている。
映画「青の炎」はその意味でたいへん参考になった。

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1月22日(水)
1月中に何が何でも仕上げなければならない原稿をかかえている。『13歳の黙示録』の続編にあたる小説だ。もうほとんど仕上がっているのだが、最後の書き足し、修正をやっている。
『13歳の黙示録』は、いろいろ反響があって、これまでにも掲示板やメールで感想をもらっている。続編の方もぜひ楽しみに待っていてほしい。
2月にはいるとさらにもう一つ書き上げなければいけない。しかし、講演が5つもある。まいった。
明日は、雪になるようだ。ボクプロのNさんと電話で打ち合わせ。今年の冬は寒い。



1月18日(土)
埼玉県の朝霞市の図書館で講演をした。ちょうど入学試験などと重なって集まった人の数はさほど多くなかったが、ぼくの話を熱心に聴いてくれて、手ごたえのあったのはうれしかった。
若い人にとって、未来は夢みたいなものではなくて、高齢化も環境もきびしいものになることを覚悟しなくてはならない。未来は大人の言いなりになっていては拓けない。自分で創り出さなくては。そのためには政治にも関心をもたなくてはならないということを90分にわたって話した。
講演のあとの質疑応答も活発だった。図書館の中も見学したが、考えていた以上に充実していた。土曜日だと来館者は千人は超すそうだ。



1月17日(金)
今度『おかあさん』(仮題)を書くことになっている海竜社に出かけて社長に寿司をごちそうになった。社は築地にあるので、まわりに寿司屋が多い。同じビルの下に寿司屋があるので便利なことこのうえもない。しかも味がすばらしい。
社長がぼくの恩師である浅原六朗を知っているのはおどろいた。この人は「てるてるぼうず」の作詩者でもある。世代が近いので共通の知り合いも多く、つい話がはずんでしまった。
そのあと銀座三越に行って「宮下芳子展」を見た。宮下さんも社長の友だちなのだそうだ。今度の展覧会では赤地に金鵄の絵が豪華でエネルギッシュでよかった。夜中に描いているのだそうだが、まったく衰えを知らない。
そういえばきょう1月17日は、尾崎紅葉の「金色夜叉」で貫一が熱海の海岸でお宮に向って、「宮さん、今月今夜のこの月をぼくの涙で曇らせてみせる」と言った日なのだが、つい夜空を見るのを忘れてしまった。なぜこんなことを思いだしたのか。明治は遠くなりにけりだ。
明日、講演があるので準備をする。



1月9日(木)
『ぼくらの特命教師』の多数の注文が毎日届いている。
今、サインをして袋詰め発送をボクプロスタッフともしている。まだ届いていない人もいるけれど、シオリにもサインをして発送しているので、もう少し待っていてほしい。とにかく、注文下さった皆さんに感謝! なお、明日(10日)までに注文をくれた人には、シオリを付けているので、このチャンスにぜひ。



1月1日(水)
今年のキーワード
「航海することだ 生きることではない」
  古い船乗りのことわざ

ぼくの最初の小説『未知海域」のトビラにのせた言葉。危険がいっぱいの大洋に乗り出して行ったスペインやポルトガルの男たち。こうして大航海時代は幕を開けた。『未知海域』はそうした思いをこめた物語だが、今年は初心にかえって太平洋を超えて、アメリカを舞台に物語を作ろうと計画している。すでに12月にサンフランシスコに行き、取材は済ませた。あとは書くだけである。幸い体調はいいからなんとかものにしよう。
この際年齢のことなどまったく頭にない。

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