宗田理のぼくの日記帳
2003年2月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
2月15日(土)
昨日、東京に帰ったのは午後10時過ぎだったが、今朝も9時13分の新幹線で豊橋に向かった。今日の会場は津田小学校である。
少し予定時間より早く着いたので授業参観をした。
1年のクラスで『ぼくらはどう生きるか』(角川書店)の「うそをついてはいけない」を教えていた。ぼくが子どもたちに「今朝からのことを全部うそで言ってみな」と言ったらみんな困っていたのがおかしかった。うそをつくのはむずかしい。
6年生は「命」、5年生は「いたずら」だった。
そのあとPTAのお母さんたちと、このテーマについて討論会を行なった。みんな『ぼくらはどう生きるか』読んでいるので、おもしろい発言が多かった。
さすがに2日続きの講演、しかも東奔西走だから少しばてた。



2月14日(金)
宮城県の石巻市からさらに奥に入った河北町に講演に行った。
東京・仙台まで新幹線で2時間、そこから車で1時間半の距離である。北上川に沿って町があり、その奥は山地である。そこに忽然と多目的ホ−ルが出現、そこで講演した。聴衆は宮城県沿岸六警察管句の少年補導員のボランティアの皆さん。みんな熱心に聴いてくれた。
講演のあとの雑談で知ったのだが、このあたりでも中学生たちは外では遊ばないので、姿をみかけることもないというのには驚いた。子どもたちの遊びを奪ったのは大人が与えたゲームなのだ。ゲームは日本中にひろまり、子どもを変質させてしまった。



2月8日(土)
今日は高知市で講演のある日なのだが、とんだ目にあってしまった。
10時10分発の飛行機に間に合うように家を出たまではよかった。羽田空港に着いて全日空の窓口に行った。航空券には「JASの便です」という付箋がついていたが、航空券は全日空なので、おそらくそこで処理するのだと思った。全日空の受付まで行き、長い列に並んでやっとたどりつくと、「うちは会社が違うからJASの窓口へ行ってください」という。
悪いことに、15分前まで受け付けることが宣伝に文句になっている全日空なので、つい余裕を持って20分前に行ってしまった。今から、すぐにJASの受付に行ってもぎりぎり間に合いそうもない。係員にお願いして電話で連絡してくれ、といっても受けつけない。受付の係員は冷たく「きっともう間に合いませんよ」などという。
とにかくこのままではいけないと思い、必死の思いでJASの窓口まで走ったのだが、これが遠いのだ。途中で息切れがして心臓が止まるかかとおもった。ハアハア言いながら、やっとJASにたどり着くと、もうクローズしたという。とほほ。
いつもなら、席はだいたい空いていて、キャンセル待ちを順次入れても、充分乗れるはずなのだが、どうもプロ野球のキャンプなどがあって、全席満席状態のようだ。悪いときは悪いことが重なる。
次の便は夕方だといわれてJALの10時45分のキャンセル待ちをしたが、これはだめ。ついでANAの11時40分のキャンセル待ちもだめ。ついに高知へは行けなくなった。講演を待っている人たちにはまことに申し訳ないと思うやら、航空会社の不親切に腹が立つやらでひどい一日であった。
走ったため、筋肉痛で足は今も痛い。キャンセル待ちというのははじめての経験であった。しかも二つである。今まで飛行機の旅を何十回としてきたぼくにとっては、こんなことは初めてだ。待っていてくれるみんなを顔を思い浮かべながら、悔しい思いでいっぱいである。



2月5日(水)
名古屋市の庄内小学校に講演に出かけた。この小学校は700人を超える生徒がいるそうだが、集まったのはPTAのお母さんたちである。
情報過剰時代にあって、母親と子どもはどう生きたらいいかを話した。
自分の意思にかかわりなく、勝手に入りこんでくる情報をどう処理したらいいか。これはかなり難しい問題だが、対処を誤ると浮き草みたいになってしまう。情報時代というのは人間を限りなくバカにしてしまうということを自覚しないといけない。
校長先生から失格教師の話を聞かせてもらった。これはたいへん参考になった。

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