宗田理のぼくの日記帳
2003年7月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
7月15日(火)
7月11日の中部版の「朝日新聞」12日の同じく中部版の日経新聞をごらんになった人はご存知と思うが、8月に名古屋市中区にある「マナハウス」という書店に「宗田書店」を開くことにした。
なぜ開くことにしたかは、以下の『売れない本屋宗田書店』を読んでほしい。
「売れない本屋宗田書店」
『売れない本は本ではない』のか
このところ出版不況がいわれて何年にもなりますが、書店の店頭で見る限りは大量に本が積み上げられて活況を呈しているように見られます。しかしよく見ると大量宣伝大量部数の本に占拠されて、点数は明らかに減っています。小部数で、広告もしない本はそれがたとえ良書であろうとも、書店には並ばないので読者の眼に触れないのです。売れない本は本でないというのが現状です。
もともと本というものは大部数、大量生産ではなく、多品種、少量生産が本道ではないかと思うのです。だれもが同じものに関心を持つなんて気持ちの悪いことではないでしょうか。
最近は大型書店は別として、本の点数は極端に少なくなっています。それは手っ取り早く売れるものしか置かないからです。出版社もそういうものに照準を当てて出すので書店に出かけて面白い本を見つけるという楽しみは極端に少なくなりました。
ぼくは神田神保町の近くにいたときは、九段下から駿河台下までの全書店を、昼休みになると見て歩きました。毎日それを繰り返していながら、行くたびに新しい本を発見するのです。それは森の中で、虫や植物を発見するのと同じ、宝探しにも似た喜びでした。
そういう喜びを発見できるような本屋を作りたいというのはぼくの夢でしたが、現状はますますそういうものとはかけ離れた書店になりつつあります。
ぼくの夢をかなえてくれたのが『マナハウス』の堀会長で、こんど『マナハウス』という大書店の中に、「売れない本屋宗田書店」を開くことになりました
最近若い人が本を読まなくなった。その原因はいろいろ言われますが、一つには面白い本がなくなったこともあるのではないかと思います。これはなくなったのではなくて、見つけられなくなったと訂正しなくてはなりません。実際は面白い本はあるのです。
本というものはどうしても書きたいという著者がいて、それをなんとか世に出したいという編集者の情熱が本となるものではないかと思うのです。もともとは手作りが基本なのです。今でもそういう本はあるのです。
宗田書店は手作りの本を探しだして、本好きの読者に提供したいと思っています。
ここで取り上げるのは、著者も編集者もそして出版社もこの本はなんとしても読んでほしいと願いながら、売れずに倉庫で眠っている本に脚光を浴びせたいのです。そして本好きの読者を一人でもふやしたいのです。
若い人たちにも、ベストセラーだけではなく、手作りの本のよさを知って、活字の世界の面白さを見つけてもらいたいのです。

7月12日(土)
藤木ファミリーがサンフランシスコから帰ってきた。お姉さんのNさんは高1、妹のEさんは中1に編入。特にEさんははじめて日本の中学に入ることになるのだからそのギャップはかなりなものにちがいないが、そんまことは言わなかった。。
半年ぶりの再会だから話すことはいっぱいあったが、笑ったのはNさんが英語の時間に指されてできなかったことだ。先生からは帰国子女のくせにこんな英語ができないかと言われて、すっかり英語が嫌いになったと言ったことだ。
7年間もアメリカにいて英語で授業を受けていたのに、日本に帰ると英語ができない。
これは日本の英語が世界ではまったく役に立たないということを意味している。中学から大学までだと10年。それで話もできないのは日本の英語教育が間違っているこではないだろうか。
Nさんはアメリカの学校にホームシックを感じると言っていた。
いまサンフランシスコを舞台にした小説を書き始めたので2人が帰国してくれたことは力強い限りである。

7月11日(金)
長崎で起きた12歳の少年が4歳の子どもをビルの屋上から突き落として殺した事件は、同じ年代の少年をもつ日本中の親たちを恐怖に陥れたにちがいない。あらためて自分の子どもを見てみると、何もわかっていないことに愕然とするのではないか。
ぼくは去年『ぼくらはどう生きるか』を角川書店から出して、子どもたちにいま一番必要なのはモラルであり、それは家庭で親子が話し合うこちだと訴えた。日本中何カ所もまわった。どう生きるかを幼児のときに教えないで、知的教育ばかりに眼をうばわれている親たちの目を開かせたかったからだ。
こういう事件が起きると大抵の中学校では校長が命の大切さを話すのが定番であるが、そんなことは校長にいわれなくてもわかっている。これで一件落着ですぐにわすれてしまうのがいつものパターンである。これでは、この種の事件はあとを絶たない。
ぼくは今『十三歳の黙示録』の後編を書いている。これは十三歳で先生を殺した少年が教護院を出てからの物語である。人を殺してしまった少年はどう生きていったらいいか。
少年法によって国はその犯罪を許して解放しても、世間は許さない。そうなったとき、彼はどうしたか。
今その最後の仕上げをしているところだ。

7月4日(金)
先月末にようやく8月に出る新刊の『ぼくらの失格教師』を書き上げた。毎朝4時起きで、ものすごいスケジュールだった。矢場の登場もあるので期待していてほしい。発行は8月中旬。このサイトでもサイン本販売をする予定。



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