宗田理のぼくの日記帳
2003年12月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
12月31日(水)
今日で2003年は終わり。振り返って見ると、今年は内外とも想像もできないような出来事がいくつもあった。2004年もきっとそうに違いない。これまでの経験や常識が通用しないということは、だれにとっても明日は不安である。こういう時だから「ええじゃないか」で開き直ればいいのではないか。そこでこれまでつづけてきた「ぼくらの寺子屋」は「ええじゃないか」に替えようと思う。見本は新年最初のの日記を見てもらえばわかる。
今日は今日、明日は明日。



12月26日(金)
ほたるの星来年の1月25日に発売する『ほたるの星』の表紙が出来上がった。この本は映画「ほたるの星」ができあがってから書いたものだが、映画のノベライゼーションではない。9月から舞台の山口に行ったりして、12月に半ばまでその執筆に没頭していたので、つい日記も書きそびれてしまった。
この本のモチーフは映画もそうだが現代の「二十四の瞳」である。
もう何年も前から子どもたちのパワーが低下して、砂粒みたいにばらばらになって、固まろうとしなくなった。いたずらも冒険もしなくなって、まさに老人になってしまった。
そんな子どもたちに、「ほたるを飛ばそう」という夢をあたえたのが若い先生である。夢を見つけた子どもたちは、ほたるの飼育に先生と一緒に夢中になる。そして一年後、ほたるの飛ぶ日がやってくる。
こんな生徒と先生がいたらなあ……と思うにちがいない。これは現代のメルヘンかもしれない。



12月22日(月)
豊橋市の自習館高校の一年生の「総合的な学習」に講師として講演した。それに二年生も加わったので720人の生徒が体育館に集まった。その日は寒い日であったが、熱心に聴いてくれた。講演のまえにぼくの『子どもたちの戦友』と『雲の涯』を読んでもらっていた。どちらも時習館高校の前身である豊橋中学の生徒たちが、戦争中、学徒動員で豊川海軍工廠に動員され、昭和20年8月7日の米軍の空襲で爆死した話を扱っている。その爆死者37人の碑は今も校庭にある。そのとき彼らは14歳であった。
戦争と子どもの話は、いまも世界中で悲惨な話がいくつもあるが、日本の若者はほとんど関心がない。きょうの話でいくらかはわかってくれたと思う。
現代は情報社会である。それに組み込まれた若者は情報を選別する技術が必要になってくる。ただ教えられたことを覚え、受験のことしか頭にないようでは、これからの厳しい未来を生き抜くことはできない。
サムエル・ウルマンの『青春とは心の若さである』(作山宗久訳 角川書店)の『青春』を原文で一年の鈴木里奈さんに読んでもらった。すごくうまくて感心した。そのあとでぼくが訳文を読んだ。「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。……年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる」
80歳でウルマンはこの詩を書いたが、ぼくもだんだんその年に近づいてきたので、みんなにも伝わったという気がした。
そのあと今ぼくが名古屋万博でとりくんでいる「ええじゃないか」をぜひ全国にアピールするよう訴えた。高校のときに一生の思い出になるようなことをしなければならない。
後日生徒たちの感想文がたくさん送られてきたが、みんな感動したようで、ぼくも話しがいがあったと心が満たされた思いがした。こういうことはめったにないことだ。



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