宗田理のぼくの日記帳
2004年5月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
5月31日(月)
 名古屋在住の若手経営者の岡田君が「ぼくらの七日間戦争」を映画化したいと言ってきた。映画を作るには大変な労力と資金が必要だということを説明したが、彼はどうしても作りたいといって、きょうの午後七時に説明会を行なった。
 会場は結婚式場で、そこに高校から借りてきた机を並べて教室に改造。70名の若手クリエーターが集まった。全員にTシャツをきせ、その胸には名前を書き込むようになっている。これはもう中学生である。
 学校の始業ベルで全員が起立、礼をしてから彼の映画製作の説明がはじまった。もうこれはまさに「ぼくら」の世界である。
 最近、若い人たちに元気がないというがこういう人たちもいるというのは頼もしい。これからどういうことになるか見守っていきたい。経過はここで報告する。



5月29日(土)
 豊橋の市民センターで「ええじゃないか塾」の第一回を午後一時からはじめた。生徒は22人。この塾をはじめたきっかけは「ほたるの星」に登場させた「たけのこ塾」である。
これは松下村塾のパロディーみたいなものだが、現代にいちばん必要なのは母親教育だと思って、ささやかながらはじめることにした。(はじめるということが大切だと思う)もちろん月謝はなし、300円でお茶とお菓子付き、月一回である。これはぼくにとって重くのしかかってくると思うが、子どもたちのために頑張るつもりだ。
 それより、今日こんなことをしていたら、実は某書店の某編集者に叱られてしまう。8月に刊行する「ぼくらの第二次大戦」の執筆に今は専心していなくてはならないのだ。
 今度のものがたいの発端は、ぼくらの仲間が30歳になって同窓会をやることからはじまる。そこにはいろいろなところから、いろいろな連中が集まって大賑わいになるのだが、彼らのことだからそのままでは終らない。そこで彼らが計画したことは……。



5月28日(金)
 愛知県知多郡阿久比町にあるユナイテッド・シネマ阿久比で「ほたるの星」の試写会があったので出かけた。まわりは知多半島の真ん中の田園地帯である。こんなところに映画館があってお客が来るのかと思っていたら、そこは10のスクリーンを持つシネコンで、映画館の前には3000台を収容する駐車場があった。
 山口県のシネコンもそうだったが、最近地方のほうが大都会のロードショーよりも観客動員数が増えたという理由が分かった。
 今日試写を観にきてくれた人はこの地方の教員が多かったが、見終わったあと、「わたしも新米の教師ですが、教えられることが多くありました」といってくれた。
 地元のケーブルテレビとFM放送の取材を受けたあと、8月に講演する阿久比の小学校の先生たちと打ち合わせをした。
 阿久比を出たのは午後9時になっていた。



5月24日(月)
 午後6時に讀賣新聞ジュニアプレスの記者(小学生、中学生、高校生)の4人といっしょに丸の内にある文部科学省を訪れ、河村文科大臣と座談会を行なった。記者たちの質問と大臣の答えは近いうちに讀賣新聞紙上に出ると思うが、
文明イコール便利は人を幸せにするのか?

 現代は子どもにとって幸せの時代なのかどうかを理解させるために、50年前の生活を再現してみる。
 通信、交通、住宅、遊び、勉強など、生活のすべてを見直して不便の日を一ヶ月に一度体験させる。
 その当時どんな食事をし、どんな家に住んでいたか。コンビニもないし、携帯もない。ゲームもないし自分の部屋もない。その代わり、いたずらもし、大人たちに叱られた。しかしそこには子どもたちの世界があった。
 そのころ子どもたちは不幸だったか、それとも楽しかったか。老人に聞いてみる。そして当時を再現することによって、現代、どうしたらいいかを意識ではなく体験的に教える。
 ということを話したら、大臣は子ども時代のことを話してくれたが、分校の話が面白くて、ほとんど遊んでばかりいた。
 そのころ学校は楽しかったかと聞いたら、すごく楽しかったと言った。
 それでも大臣になれるのだと言ったら、みんな複雑な顔をしていた。そのころになると、やっと記者たちも緊張がほぐれてきた。きっとみんなにとっても、いい体験だったにちがいない。
 ぼくは、自分の小説『ほたるの星』のなかで「たけのこ塾」のことを書いたが、大臣はあれは面白いと言ってくれた。それを今月29日から豊橋で「ええじゃないか塾」という名前ではじめるのだと話した。どういう結果になるか楽しみである。
 30分という約束だったが、軽く1時間はオーバーしてしまった。



5月18日(火)
 豊橋市のAMCで「ほたるの星」の試写会を行った。250人くらいの人が来てくれて盛況だった。6月19日には封切りなので、なんとかブレークしてほしいものだ。
 豊橋では5月29日に「ええじゃないか塾」の第一回をスタートさせることにしている。
対象は高校生以上の女性で、これをはじめようと思ったきっかけは、「ほたるの星」の執筆のため萩に行き、松下村塾を見てからで、そのことは小説の中の「たけのこ塾」で書いてある。
 子どものことはいつも問題になっているが、子どもに最も影響をあたえているのは母親である。母親を見ていると、誤った子育てをしているのが目にあまるのでこういうものを作って、なんとかすてきな母親になるアドバイスをしたいと思ってはじめたので、そういう母親が子どもを幸せにできるというのがぼくの信念である。人数はあまり多くない方がいいので30人以内とした。

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