宗田理のぼくの日記帳
2004年7月
★毎日ではありませんが、気まぐれ的に書いています。
 
7月14日(水)
 このところ、「ほたるの星」の上映会と兼ねての講演がたくさんあり、東奔西走の日々だった。その合間に、8月に徳間書店から出す「ぼくらの第二次七日間戦争」を酷暑の中で悪戦苦闘して、今日やっと脱稿した。これは援交をする大人たちを子どもたちがやっつける話だが、その制裁のやり方は最終章まで絶対(?)わからないと思う。こんなやり方があるのか。これを思いついたときは、ちょっとうれしかった。ぜひ読んでほしい。ただし、最後は見ないように。
 考えてみたら、今日はパリ祭で、今から50年くらい前の東京では、神田の共立講堂で思い出のフランス映画「パリ祭」「パリの屋根の下」などの上映会があった。
 その当時も暑かったが、それを観ようと長蛇の列ができていた。



7月1日(木)
 6月はいろいろのことがあった。いちばんショックだったのは長崎の小学校六年の少女が同じクラスの子を殺してしまったことだ。しかも殺し方がカッターナイフというのがみんなを戦慄させた。
 ぼくは6年前「ぼくらのグリム・ファイル」という小説の中で、小学生がスキーバスを転落させて20人の小学生を殺すという事件を書いた。なぜそんなことをしたか、その動機が大人にはどうしてもわからない。やがてそれは「情報ウイルス」ではないかということがわかってくる。
 子どもがなぜキレるかを脳科学から研究しようという記事を新聞で見たが、今度の事件が」そうとはいえないが、最近のケータイ、パソコンの濫用によって、子どもに何かの影響があることは否定できないと思う。
 これからも大人の常識を超えた事件が起きるだろう。そのことは「グリム・ファイル」の中でも書いた。その当時はまだケータイはなかった。どこかで「ぼくらのグリム。ファイル」を見つけて読んだら、面白いんじゃないかな。
 6月5日に東京、19日に地方で「ほたるの星」が封切りになった。その舞台挨拶やサイン会で忙殺されて、八月に徳間書店から刊行予定の「ぼくらの第二次七日間戦争」の執筆が大幅におくれて、このところはそのことだけで頭がいっぱい。
 きょうのyomiuri on lineの教育ワンダーランドにあるヨミウリ ジュニアプレスを見てほしい。ぼくが文部科学大臣室を子ども記者といっしょに訪問したことが載っている。

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