ボクラコム・メールコーナー

11月−8



三浦真美 10代 女

宗田先生、こんにちは。お返事くれてありがとうございました。
今回はもう少し深くお伺いしたいと思ったのでメールしました。いいでしょうか?
作家になるために「試験」みたいなものってないんですか?
「なろう!」って決めて今日明日でなれるものではないと思うんですけど・・・。
宗田先生は昔から物語が好きだったんですね。きっと本がものすごく好きになると強く「なろう!」って思わなくても無意識みたいに作家になってしますんですね。
あとあと、「指輪物語」の作者さんのお名前を教えてくださいませんか?もしよければ、てきとうなあらすじもお願いします。
P,S, 発表の日が2週間後に迫ってきました。
お忙しいとは思いますがお願いします。
三浦真美さんへ
作家になるための試験はない。
「指輪物語」の作者はトールキン。ぼくに聞く前に、インターネットの検索エンジンで調べればすぐに出てくるはずだ。
内容については、三浦さん自身がまずは読むことをすすめる。調べるというのは自分自身でやらなければいけない。そしてどうしてもわからないところが出てきたら尋ねるようにしよう。あらすじはファンのページにいくつもある。例えばココ。しかし、これをそのまま丸写しにしてもはっきり言ってあまり意味がないと思うんだが。
三浦さん、もう少し自分で調べる努力をしよう。
宗田理

榎本秋 20代 男

小説家志望の人が増えてきましたね♪
作品をの読んでいると自分なりの伝えたい物が出て来るんだと思います。
小説でなくても、「文章を書きたい」と思った人のために「ぼくら新聞」をやっております。
なにか、「伝えたい物」があるひとの参加を待っています♪
自分の創作への道ですが、今はライター、原作者を目指して、企画を色々持ち込んだりしている段階です。
皆様もがんばってください!!!
小説家や文章書きになるのに、「これ!」という道はないと思います。
自分の伝えたい物をきちんと考えて、とにかく書いて、読んでもらうのがよいと思います。
夢が叶うといいですね♪
榎本秋 http://mti.art.cg/aki/

加奈子 10代 女

初めまして宗田先生。半田與子の孫の加奈子です。
仮面学園の映画を見ました。とても楽しかったです!人はみんな仮面をかぶっている、といわれて(そうかもしれないなー)と思いました。みんな、なにかしらの仮面をかぶっているのかもしれませんね。でもそう考えると何だか悲しくなりました。私は仮面をかぶらず人と接していきたいと思います。今度、「ぼくらシリーズ」をぜひとも読んでみたいと思います。
それではお体にきをつけて、お仕事がんばってください!

よし 10代 男

宗田先生こんにちは。
僕には今非常に気になっている問題が一つあります。
最近ネットでの犯罪が増えていますが、その中ででてくる“著作権”についてのことがよくわかりません。
例えば、ホームページを開いて、「ぼくら」の紹介文や本文の引用、宗田先生の紹介文などをのせるには、手続きか何かが必要なのでしょうか?
友達は本に載っている内容をホームページにのせただけで捕まるといっています。
本当にそんなことで捕まってしまうのでしょうか?
どうか、この質問に答えてください。
よしくんへ
著作権についてだが、インターネットは文字をデジタル化して簡単に複製できるので、著作権が侵害されやすい問題がある。君の言う著作権だが、まず「ぼくら」の紹介文を君がオリジナルで書く場合は全く問題がない。しかし、文庫本の後ろにある解説文を全文載せるようなことがあれば、それはその書いた人の著作権を侵害することになる。本文の引用は(○○より)というようにきちんと、引用であることを明記して載せる分にはかまわない。しかし、引用も例えば1章丸ごと載せるというようなことはいわゆる「引用」には該当せず、常識の範囲を超えているので「転載」ということになる。これも作者から了承を得ていれば問題ないが、そうでない場合は著作権の侵害となる。君がたとえば自分のホームページでぼくの本の紹介文を書いたとしよう。そこに数行ぼくの著書の文を引用するとき、(宗田理著○○より)と明記すれば、著作権の侵害にはあたらない。逮捕されることもないよ。または「この本の中で主人公の▲▲は次のように語っている。『……』」というような書き方でも問題はない。
よく盗作の問題がある。これは別の著者の作品の1部をそっくりそのまま、あるいはほとんど変わらず記載している場合によく起こるようだ。インターネット以外にもこれまで著作権の侵害はあった。
宗田理

嶺音 10代 女

こんにちは。はじめまして。嶺音といいます。高校1年生。女です。
今日は少し私の悩みを聞いていただきたくてメールを書いています。これまでにも何度も書こうとしました。でも、人に相談してもしょうがないと思ったし自分の考え方もコロコロ変わるのでずっとやめていました。でも今とにかく誰かに聞いて欲しいのです。ただ聞いていただけるだけでいいんです。自分の気持ちを落ち着かせる為にも書きます。

私は今デンマークにある全寮制の学校にいます。父の転勤の関係で両親はイギリスに住んでいます。私の家は今の世の中には珍しいくらい仲がよく、本当になんでも話していました。学校であったこと、友達のこと、好きな人のこと、テレビのことやニュースのことも話しました。今でも長い休みにイギリスに帰ると明け方の3時まで話すことがあります。今は周りに信用できる大人がいません。母とはメールで連絡は取り合っていますが、あんまり心配はかけたくありません。だから、宗田先生に聞いていただきたいんです。私はあまり文章を打つのがうまくないのでわかりにくいと思いますが、読んでいただけるだけでいいんです。

今周りにいる大人が信用できません。
みんな先生なんですが。
一つ一つのことはホントに小さいことなんです。
それに私が何かされたということは何もありません。
全部他の生徒に対する言動や行動です。

まずは担任H先生。
H先生は一人の大人としては好きです。
でも教科担任となると話が違ってきます。彼は数学を受け持っているのですが、本当に分かりにくいです。日本にある付属の高校から今年赴任してきたばかりなので、勝手が違って大変なんだと思います。それでも時々先生としてまずいだろ?と思うような発言もします。
うちのクラスには「金髪軍団」と私が勝手に読んでいる6人の男子がいます。彼らのおかげで日本で言う学級崩壊が起きています。授業中勝手に話すのは当たり前、音楽聞いたり、ライブ前になるとギターを弾いたりスティックで机を叩いたり、ひどいときは立ち歩いたりもしてます。なぜか先生たちでは注意できないみたいです。なんでこんなに先生の立場が弱いんですか?先生が生徒を怖がっているように見えます。

次に国語教師のS先生。この人は副担任でもあるみたいです。
曰く「国語の授業は心の授業や」だそうです。関西の人なんですね。はっきり言ってこの人は偽善者です。自分が生徒の事を考えてるとアピールしまくっています。はっきり言って、考えてくれなくていいです。 「自分は生徒の思っていることが分かっているんだ」みたいな気でいるみたいですが、まったくもってわかっていません。余計なこと考えてないで授業だけやっていてくれればいいんですよ。今の単元がなんか哲学な感じがしているので一人で張り切っています。はっきり言ってウザイです。 「この時間だけは自分について考えてみろ」とかいってます。いわれなくっても暇に任せて色々考えています。もう高校生で、親元離れているので人間関係は自分一人で解決しなくちゃいけないし(助言してもらえないという意味です)、進路の事だってもう考えています。なぜか先生は張り切って語っていますが、私は一言も聞いていません。ちゃんと授業聞けよと思われるでしょう。私も思います。でも我慢できないんです。私は私が尊敬する人の言うことしか聞きません。そうじゃなくても自分が納得して、賛成だなと思う意見には従いますが世の中の教師は私が納得するようなことを言ったことがありません。全部奇麗事です。教師という立場上そう言わざるをえないのかもしれませんが、それが許せるほど私はまだ大人じゃありません。自分の勝手な考え方を生徒に押し付けないで欲しい。
前に2回ほど自分の意見を授業中にぶつけてみました。見事に却下されました。その時の話は世界のミステリーについてみたいな事でした。ミステリーサークルは実はただ人間が作っただけだという話をしていました。私は「現場からリンとかそこには無いはずの成分が出たのはなぜか?」と聞きました。すると「それはまだ宇宙人が作ったと思っている人たちがいっているだけだ」みたいなことを言い、信じている人を馬鹿にしているような言い方でした。私は宇宙人の存在を信じてるし、物事を決め付けるのが嫌です。不思議なことなんだから、もしかしたらとか思っていてもいいじゃないですか。そして昨日、「自分について考えろ。自分と人の違いについて考えろ」といわれました。そこで黙って考えているフリでもしておけばいいのにある男子が納得いかなかったらしく「人との違いを考えること自体間違っているんじゃないか」といいました。私もよく意味が分からなかったのですが、その先生も分からなかったみたいです。そこでなんて言ったと思います?「なにわけわからんこといっとるんや?」って言ったんですよ。自分のことじゃないのにすっごくくやしかった。その場で教室出て行きたかった。
何で生徒はおとなしく先生の言うことを聞いていなくちゃいけないんですか? 先生はそんなに偉いんですか? 授業だけおとなしく教えていればいいじゃないですか。私にとって教師から学ぶことは一つもありません。小学校の頃から教師という人種は敵でした。今は唯一頼るべき大人がみんな教師です。もう悲しいんだか悔しいんだか分かりません。

他にも塾官や保険医などどうしようもない人はいますが、どちらもその気になればまったく関わらないで行ける人たちなので別にいいです。元々女の先生には期待してません。
だけど許せないのが弟の担任で私の生物を受け持っているM先生です。はっきり言って全てが嫌です。この人にどうしようもなさは一言では語り尽くせません。うちの学校は生徒の出入りが激しいのですが、彼女のひいきはいいかげんにして欲しいです。テスト前になるのホントにあからさまですね。普段の授業で質問すると新入生の質問は適当に流され在校生は懇切丁寧に次の授業までに調べてきます。テスト前に範囲を聞くと新入生にはやったとこ全部と答え、在校生にはどこを勉強しておけばいいかなど丁寧に教えます。これは気のせいなどではありません。新入生全員が感じていることです。
他にも弟がらみでいろいろ言われます。
私は弟と同じ学校にいくのが嫌でした。
私は小学校の時に死ぬほど勉強して、ここの付属の学校に入りました。地元の公立にいくのが嫌だったんです。そのまま高校はエスカレーターで頑張って、大学の推薦を取るのが私の明るい将来設計だったんです。
それなのに、いきなり転勤になったと言われ、全寮制の寮にとばされることになりました。元々私に寮生活なんてできるわけが無かったんです。団体が死ぬほど嫌いだし、周りに四六時中他人がいるのもホントに嫌です。
なんで下の子のほうが要領がいいんですかね。時々ホントに羨ましくなります。彼は分かっているんですかね。姉の私が彼の担任や同室の人から色々話を聞かされていることを。弟のことが嫌いなわけじゃないんです。言葉は悪いけど知恵おくれ一歩手前なんだとも思います。生まれたとき未熟児で、片耳はまったく聞こえず、小さいとき喉のほうに異常があってすごい手術もしていました。いっぱい血を吐いててすっごく可哀相だった。そんな事も知らないのに弟の口まねなんかしないで。いちいち私に聞かせないで。それをされて私にどうしろって言うの? 笑うしかないじゃないですか。私には弟の気持ちは分からない。分からないけどそんな事されて嬉しいわけが無いじゃないですか。

もう何が何だか分かりませんね。
書きながら泣いてしまいました。
おかげで、なんて書きたかったのかわかんなくなりました。
とにかくこんなにまとまりの無い長ったらしい文章を最後まで読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございました。結局誰かに読んでもらいたかったんです。だれか信用できる大人の人に。両親にはこんな事言えませんよね。こんなハッキリしないことで余計な心配かけたくありません。もう親離れしなくちゃいけないんです。

次はもっと明るい話題でメール書けるといいです。
うちの学校はちょっと特殊なんでネタはなんかいっぱいあると思います。
どうもありがとうございました。
嶺音さんへ
君のメール、とてもよく書けていた。何がいいかというと、取り上げた先生たちのパーソナリティーが生き生きとしているのだ。読んでいると顔つきまで想像できる。大人は一筋なわではいかない。いやなやつはいっぱいいる。しかしそれを君の思うように変えるのはむずかしい。以前『教師を変える66の方法』という本を出した。いまは書店にないからインターネットで本にするつもり。君が読んだら少しは胸のつかえがおちるかもしれない。
とにかくいやなことは、だれかに話すことだ。自分一人の胸にしまっておいてはならない。
またアタマにくるようなことがあったら、どしどし書いてほしい。もうすぐ20世紀はおわる。21世紀は君たちの世紀だ。パワーを全開しよう。大人なんて気にするな。
宗田理

アキ 10代 女

はじめまして。『13歳の黙示録』を読ませていただきました。初めの部分は、「ぼくらシリーズ」と同じような感覚で楽しく読んでいたのですが、最後まで読み終わってたくさんのことを考えさせられました。
私も今、14歳で、最近の少年犯罪の犯人と同じくらいの歳です。私も理不尽なことを言う先生にキレそうになることはありますが、殺したいとまでは思いません。今起きている、少年による殺人の理由は、キレたとかムカツクとか、自己中な理由のように思います。幸雄の理由は殺された母親の復讐。誰だって大切な誰かを殺されたら、殺した犯人を憎むのは当然だと思います。
でも、幸雄が内山に母親を殺されて人生がめちゃめちゃになったのと同じように、千佳が幸雄に殺されて、千佳の両親の人生もめちゃめちゃになってしまうのではないでしょうか。幸雄の願い(復讐)は叶ったけれど、また幸雄と同じ思いをする人がいるのです。死ぬというのは、私が思っている以上に大きなものなんだと思いました。
それを考えると、今の世の中は、殺人、交通事故、医療ミスなどが毎日起きていて、世界では戦争も起きています。毎日毎日人が死んでいます。
どうして人は人を殺すのでしょう。 「あとがき」に宗田先生が書いてあるように、人間から暴力を取り除けたらいいのに。誰も死ななかったらいいのに。
「剣で殺すものは 自らも剣で殺されなればならない」
私たちは、自分自身が体験しないと、今していることの重大さに気づかないのでしょうか。人はいつになったら人を殺すことをやめられるのでしょうか。
アキさんへ
『13歳の黙示録』を読んでくれてありがとう。
幸雄も内山と同じ殺人を犯した。その罪はどうなのか?その疑問はもっともだと思う。作者としては、幸雄は人間の形はしているが、過去の亡霊だとわかってもらいたい。だから彼の行動には、ふつうのモラルは通用しない。内山が女教師を殺さなかったら、幸雄のような少年は生まれなかったと考えたら、簡単に人は殺せないはずだ。人を殺すことだけが生き甲斐なんて、幸雄は限りなくかわいそうである。幸雄は13歳以降の人生を考えていないのだ。こんな子にした罪はすべて内山にある。人を殺すということは、こんなにも多くの人たちを地獄に落としてしまうということを心にきざみつけてほしい。そんな思いでこの本を書いたのだ。
宗田理

吉岡 紘平 10代 男

前にもメールを送らせてもらいました、吉岡 紘平です。
新ぼくら2作目発売まで後1月となり心待ちにしています。
メールコーナーを読んで、僕と同じ夢をもっている人がいっぱい居るようなので、少し驚きました。あまり居ないのだろうなぁと思っていましたので。
そう、僕の夢は小説家になることです。
何故そうなったかというと…やはり小5の時の「ぼくら」との出会いが大きかったのかもしれません。
僕が書く小説にも、宗田先生の影響がかなりあります。
今、将来映画監督になりたいという学校の友達と共に、ノートに自分の小説を書いています。
大体が、純文学系です。あと、SF系も少し。
そういうことを続けたり、いろんな分野の本に手を出してみたり…と、夢をかなえるため、少しづつがんばっています。
宗田先生は、出版社に勤めていたころに『未知海域』を書かれたそうですが、特に何か勉強とかはなさったのでしょうか?
気になったので、書かせてもらいました。
答えてくださると幸いです。
吉岡君へ
日記にも書いたが特別な勉強をしたことはない。作家としての勉強というのはおそらく人生のなかでのいろいろな経験が役立っていると思う。それは学校の勉強のように「よし今日は2時間数学をやるぞ」というような勉強とは違う。近い内にぼくの体験を書くつもりなので、それを回答としてほしい。
宗田理

あや 10代 女

こんにちは。受験生の時に、初めて「ぼくら」を読んで自分の生きている生活がすごく窮屈に思えました。だけど私は私なりに自分の人生を精一杯生きています。
「ぼくら」は私にとって、元気をくれる友達です。
いきなりなのですが、今私は大学進学のコトで考えこんでいます。自分のやりたいことがわからないんです。高校進学の時は、高校でやりたいことを見つけたいと思っていました。そして私が興味を持ったのは「臨床心理学」です。
初めの頃は純粋にその学問を学んでみたいと思っていました。
けれど・・・先生や受験情報誌を調べていくうちに、だんだん不安になってきました。
競争率や偏差値・・・そんなモノに振り回されているんです。
先生は笑うでしょうね、テストの点数に一喜一憂しているこんな私を。学びたいと言うことを声高に言うことすらできない私を。
「自分らしい人生を送りたい」
私は思うけれどいろんなしがらみがあって、そうできない。どうしたらいいんだろう。
本当はこんな悩み、先生に相談するのは筋違いだって思います。自分で自分の気持ちを確かめて、決めるべきだとも思います。けれど、解決の糸口が見つからなくて、不安で、恐いんです。
すいません、ダラダラと。先生は作品を書くことをがんばってください。私は先生の作品を通して、自分が今何をすべきかを見つめていきたいと思います。
それでは、さようなら。

伊藤典枝 30代 女

ホームページ拝見しました。
わたしは、以前先生からいただいた「ぼくらの危バイト作戦」という本のあとがきを読んでたいへん感動いたしました。(本編でなくすみません。)
T・Aさんへ
君の手紙読みました。
・・・・・・
 私は、今みんなにシカトされているけど、こういうすごいシカトは生まれてはじめてです。
つらいときとか、この宗田先生の「ぼくら・・・」を読んでいると、その時だけだけど、
ほんのちょっと勇気が出てきます。
 実際こんな仲間がいたら最高だな! と思いました。
・・・・・・
シカトはまだつづいていますか? たとえ一人ぼっちになったって、落ち込んではいけない。
  一人ぼっちのときは
  空を見上げて星を探そう
  一人ぼっちのときは
  砂浜に腰をおろして海を眺めよう
  一人ぼっちのときは
  山に向かって大声で話しかけよう
  一人ぼっちのときは
  歩けなくなるまで野原を歩こう

こんどの「ぼくらの危バイト(ヤバイト)作戦」は、困っている自分の仲間をたすけるために、 みんなでアルバイトをはじめる話です。
あの連中のことだから、ハンパなアルバイトはしません。
 この中には、君よりもっともっとつらい思いをしている子がいます。
なぜなら、彼女の父親は泥棒なのですから。
 彼女は、アンポ・クラブへ救いを求めに駆け込みます。君の学校にも、こういうアンポ・クラブがあったらいいのになあ。
ぼくはいま、このあとがきをカナダで書いています。バンクーバーから、カナディアンロッキーを超えるとカルガリーです。といっても1000キロもあります。
そこから東へ何千キロという大平原がつづくのです。
 空港からちょっと行った先で、角川映画「天と地と」のロケをやっているというので見学に
行ったのですが、大平原の中の一本道を車で一時間もふっ飛ばしても、風景は全然変わらないのです。
 人家も人の姿も見えません。思わず「広いなあ」と言ってしまいました。
 君はいま、自分のまわりだけをみていると、これがすべてだと思ってしまうでしょうが
そんなことは絶対にありません。
 世界は広いのです。そこでいろんな人がいろんな生き方をしています。
 シカトなんて言葉とは無縁に生きている人たちもいっぱいいます。少なくともここでは、
シカトなんてイメージがどうしても浮かばないのです。
 一時間半も車を走らせて、やっと大平原の彼方に黒と赤の騎士の集団が見えてきました。
黒が上杉勢、赤が武田勢です。
 近づくにつれ、その数がますますふえて何千となり、カナダの大平原に突如として日本の
戦国時代が出現したのです。
 遠くに見えるロッキー山脈が信濃の山に見え、ボー川が千曲川に見えてきて、ぼくはいつの間にか戦国時代にタイムスリップしていました。
 生きているということは、すばらしいことです。
 お元気で。
といった文章です。
この頃私は気になっていることがあったのですが(今では忘れてしまったくらいささやかなこと)この文章を読んで気持ちがすーっとはれました。
そんなことを気にしていることがとてもつまらないことに思えました。
そして手紙を送ってきた彼女も私と同じように感動しているのではないか。
私と同じように気持ちがはれたのではないか。
そうあってほしいと思いました。

ベオグラードに住む女性が、NATO軍による空爆の様子をアメリカの女性(留学した時のホストファミリー)に宛てメールを送りました。それから彼女の日記がサイトに掲載されるようになりました。世界中の人が、このサイトを見て、戦争について考えたり、彼女に同情したり、彼女たちセルビア人がアルバニア人を弾圧ていることを非難したりしました。閉鎖された環境の中で一個人が世界に向けて発信できること世界中の人の声を聞くことができるのは素晴らしいことだと感じました。子供のころアンネの日記を読みましたが、もしアンネが生きていた時代にインターネットがあったら…と思いました。

このサイトでも先生に宛てた手紙や読者の声など読むことができ、それぞれ交流ができるのは素敵なことだと思います。また見せていただきます。

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