ボクラコム・メールコーナー

3月−9



ふくちゃん 20代 男

宗田先生、こんばんは。ふくちゃんです。ふくちゃんの大学でも先日、卒業式が行われサークルのメンバーが卒業して行きました。これから社会に出ると、苦しい事や辛い事があると思いますが、決して自分だけが辛いと思わないで生きて行って欲しいものです。この場を借りて、新社会人の皆さんに激励をさせていただきます。

さて、去年の12月末に引き続き、ふくちゃんがNHK総合で毎週見ている番組「新アジア発見」より第2弾です。今回はイランを取り上げていた回がありました。以下の通りです。

「イラン映画に愛を込めて〜テヘラン」(1月21日放送)

宗田先生も去年の夏の日記に書いておられる通り、イランは今、変革の波にさらされています。97年に改革を求める世論の中で当選したハタミ大統領のもと、改革が急ピッチで進んでいるそうです。個人の自由や権利の保障に重点が置かれた政策が推し進められ、言論の自由も緩和されて、30を超える新聞や雑誌がテヘランの町に溢れているそうです。しかし、映画に関してはまだ様々な表現上の制約があるそうです。映画が上映されるためには、厳しい検閲をパスしなければならないそうです。イランのようなイスラム社会では、女性が肌や素顔をさらしたり、男女が寝室で一緒にいたり、互いの肌に触れ合うなどといったシーンを描写することは(少しエッチな話で恐縮ですが^^;)タブーとされているそうです。それどころか、キスシーンでさえダメのようです。

この回の主人公、ムハンマド・シールワニさん(27)は、21歳の時から映画の撮影を始め、これまでに6本の映画を撮影してきた若手映画監督です。3年前に戦争の悲惨さを描いた作品が、海外の映画祭でグランプリを受賞し、イランの若手監督の中でも注目を集める一人だそうです。今回の撮影する映画でシールワニさんが描くテーマは、戦争によって引き裂かれた男女の愛です。

シールワニさんは、これまでにも貧困にあえぐ人々や戦争で犠牲になった人々の姿にこだわった作品を描いてきました。99年に発表した作品では、息子が戦争に行って帰らぬ人となった後も、嫁探しを続ける年老いた母親が描かれていました。家の壁一面に花嫁候補の女性の写真が貼られていました。1980年から8年間続いたイラン・イラク戦争では、イラン国内で10万人の犠牲者が出たそうです。シールワニさんはこの作品の中で、母親の心に残った癒える事のない傷を描くことで、戦争の悲惨さを訴えました。

今回の物語は、主人公の女性が夫の出征前に二人で写した写真を、写真館に取りに行くシーンから始まり、その後女性の回想シーンをベースに展開して行きます。今回の作品でシールワニさんが1番苦心しているのは、互いに求め合う男女の愛を、どう表現するかということです。前述の通り、男女が互いの肌に触れ合う描写は許されません。主人公の女性と出征する夫が寝室で最後の夜を過ごすシーンが、映画の出来・不出来を大きく左右するためどういう手法で撮影するかを、シールワニさんは夜明け近くまで考えていました。

いよいよそのシーンを撮影する日がやってきました。シールワニさんの苦心のアイディアが形となって表れます。まず撮影前に夫の役の人が、首に出征兵士が身分を明らかにするための認識票を下げ、妻の役の人に筆でメイクを施します。それはペルシャ語で綴った愛の言葉で、「さよなら」「寂しい」「真実の愛」と書かれていました。ひたすら夫を想いつづける妻の顔に、夫は妻への愛や別れの切なさなど、込み上げる思いを筆で書き綴っていきます。一方妻は何も語らずに夫の認識票に手を添え、戦場から再び帰ってくるよう、祈り続けます。

今、イラン映画は世界中で高い評価をされています。それについてシールワニさんは、「高く評価されるのは、他の国にない表現上の制約がたくさんあるからです。だからこそ映画監督は、誰もやっていない新しい表現や手法をいろいろ考えなければならないのです。」と言っていました。シールワニさんの作品はこの春に完成する予定だそうです。もし検閲をパスすれば、国内だけでなく、海外の映画祭でも発表することが出来ます。シールワニさんは、この作品を初めてカンヌ映画祭に出したいと考えているそうです。若き映画監督、ムハンマド・シールワニさんのイラン映画の未来を拓く挑戦は、まだ始まったばかりです。宗田先生も、今度イランに行かれる機会があれば、シールワニさんの作品に出会えるかもしれませんね。

今回で第2弾となった「新アジア発見」ですが、テレビ放送の方は先日3月18日の放送で、最終回となってしまいました。「アジア発見」の頃から数えると5、6年続いた番組だったのに残念です。雅楽師・東儀秀樹氏によるテーマ音楽「New Asia」も、なかなか良い味を出していました。しかし、今度の4月から「アジア人間街道」と名を変え、再スタートするそうで、楽しみにしています。アジアン・ビートは止まりません。長々とすいませんでした。それでは。

M・S 10代 男

今日、宗田先生の本を買いました。ぼくらの大魔術師と魂の姉妹の2冊です。僕は、もうすぐ高校3年なんですけど、小5の時に初めて先生の本を読んだんですよ!あっという間ですね、時間って。大切にしないと!昨日大地震があって、ついでに部屋の掃除をしました^^そしたら先生の本が多すぎて、80冊はありましたね^^でも、まだ読んでないのあるんですよね。昔の本とか。手に入れて読みたいです。

話し変わって。先生の本は読みやすいですよ。これからも、楽しみです。では!

タコシ 10代 男

お久しぶりのカキコです♪イキナリですけど先生に質問なんですけど先生も子供のころにいたずらしたりして遊んでいたのですか?
ぼくらを読み返していてふと気づいたのが、なんて言えばいいんだろ・・・いたずらをしている時(前後)の心情の描写が上手なんですよね。だから、やっぱりしてたのかな?って疑問に思っちゃって。(*^〜^*)もし、やっていなかったら(いたずらを)、先生はスゴいなぁとしか言いようがないですよね♪ それではつまらない質問読んでくれてありがとうございました新ぼくらの次回を期待してます♪
タコシ君へ
ぼくの子ども時代はいまとは違うから、「ぼくらシリーズ」にあるような大がかりないたずらはやらなかった。
なんといっても戦争中で大人の権威が今よりあったから、ばれたら大目玉を食うことは覚悟しなくてはならなかった。
ただ、小さなことは相当たくさんやったと思う。
父親の大切にしていた水墨画の掛け軸に草を一本描き加えたことがあった。これは長い間ばれなかったが、ある日父親が発見した。しかしそのとき父親はおこらなかった。わりにうまく描けていたのか、それとも父親に度量があったのか。聞く前に死んでしまったのでわからない。これはまだ四、五歳のときのことだ。
その他あまりにも多くてここには書ききれない。
君の言うとおり、「ぼくらシリーズ」のいたずらのシーンには、知らず知らずのうちにその時の状況や気持ちが反映されているのかもしれない。
宗田理

なお 10代 男

ぼくが、宗田先生の本にであったのは、3歳上の兄貴の影響ででした。 「ぼくら」の最初に読んだのはC計画でした。それまでは、本はただのひまつぶしだったのが、「ぼくら」を読んでからは、本を読むのが楽しくてしょうがなくなりました。今いろいろと問題にされている17歳の僕ですが、宗田先生の本を読んでからこれからどうしなければならないか、考えさせられます。よく「あとがき」のところにこれからの日本をつくるのは僕ら若者だとおっしゃいますね。でも僕は今の日本をささえているとされる旧若者をみていると、かなり心配になります。今の日本を変えるにはどうするべきだとお思いですか?御意見を聞かせていただきたいと思います。
なおくんへ
あとから来る者は前の者を踏み越えて行く。もしそうでなかったら、人間の社会は原始のままだ。
「ぼくら」の少年たちと今の少年は違う。だから「新・ぼくら」を書いているのだ。
彼らにぼくは未来を託している。過ぎ去ったものに郷愁を持っていてはならない。これはぼくの自戒である。
時がたてば、君もいずれ若者ではなくなる。その時に、今の「旧若者」と同じ失敗を繰り返さないためにも、自分の頭を使って物事を見て、聞いて、考えていってほしい。
宗田理

A・H 10代 女

ちょっとお話したいことがあります。
誰でも迷いますよね、
「自分が何故生きているのかということ」
まず自ら望んで生まれてくる人なんていないですよね。
親と喧嘩をしたとき、「あんたなんて生まれてこなければ良かった!」
と言われたことが有ります。
うん、子供だったらきっと誰でも一回くらいはありますよね・・・・。
でも私は「私だって好きであなたの子供に生まれてきたわけじゃない!」とは言えませんでした。
(今じゃぁ言わなくてよかったと思ってるけど)
もしもそこで私がその言葉を言ったら、親はどんな反応をしただろう?
どうしようもないですよね、生まれてきたんだもの。
悲しい顔をしてくれたかな?
それとも・・・・。

少年犯罪が多くなって、子供を殺す親が増えて、それでも私たちは決められた時間の中を生きています。
いろいろ親には腹が立つことがあるけれど、「ムカつく事とかあってもさぁ、親だってさぁ、人間なんだからしょうがないんじゃん?」って考えてみると、ちょっとは気が楽になったりするのです。同じ人間なんだから、って割り切ってみるのも必要かな・・・と考えるこの頃でした。

なんか最初に定義した話とだいぶずれてしまった^^;
なんで生きているのかなんて分からない。
だけどみんな生きてるから、自分でその意味は考えてみよう。

A・Hさんへ
「生きることの意味」は、古今東西それこそ星の数ほどの人が追求し、研究し、議論してきた。「哲学」は、そのことを追求する学問だ。ソクラテスやらニーチェやら、君も聞いたことがあるだろう。
人間にとっての究極の命題だといえそうだが、ぼくは、そんなに深刻に考えていない。
毎日、呼吸をして、うまいものを食べて、夢中になって小説を書いて、風呂に入り、「ああ今日も一日終わったなあ」と感じて、ぐっすり寝る。
「親だって人間なんだから」と考えると少しは気が楽になるとあったが、その通り、わりと力を抜いて気楽に行っていいのではないだろうか。
あれこれと気に入らないことに気をとられて不機嫌になってしまうよりも、夢中になれること、面白いこと、笑えること、楽しめることに目を向けていけばいいと思う。
宗田理

F・M 10代 男

宗田先生、はじめまして。僕は、高校一年生です。
僕は、ある高校の友達に勧められて先生の「ぼくらシリーズ」を知りました。それまで一冊も小説とかの経験がなかったのですが、読み始めてまだ3ヶ月で、ファンになり、今では一日に一冊のペースで読んでいます。
僕は、それまで「生きる」ことに意味があるのか疑問に思っていました。自殺も考えましたが、死んだ後の自分が怖くて未遂に終わったものの、毎日、生きがいも感じず平凡に生きていました。さっき友達という言葉を使ったけれど友達ってなんなのか、それも分かりませんでした。でも、先生の「ぼくらシリーズ」を読んでいて友達って、とても大切なものだと分かりました。そして、なんとなく生きるってのは、息するだけにも意味があるんだと思いました。だから、今なぜか心が楽です。
この春、友達と花見をかねて100キロ近く遠いところまでサイクリングに行くことにしました。先生のおかげで、新たな人生が送れそうです。ありがとうございました。
F・Mくんへ
若いころ、ふっと死んでしまいたいなと思うことはそれほど特別なことではない。
人間はだれでも、自分が生きていることに疑問をおぼえるときがある。ちょうど心にぽっかり穴があいたみたいに。
だれだっていつもいつも充実してばかりはいられない。けれど何か目標を持っていれば、それに向かって進んでいる瞬間はあまり余計なことは考えない。ぼくはだからそのためにも、いつも忙しくしている。
100キロ近く離れたところへ行くということだが、どこへ行くのかな?
無事完走できることを祈っているぞ。
宗田理

M・M 10代 女

早速「魂の姉妹」読ませてもらいました。
第一印象は本当にこれから起こり得るかもしれないということでした。
私はみんなと同じというか、メル友という友達がいるし、彼等のことを100%信じたいし信じるわけにもいかないといったところです。
しかし「ぼくら」の関連サイトで出会ったたくさんの友達が私は大好きです。
でもチャットやメール、誰だって性別や年齢問わずになりきれるものに時々不安を感じる時もあります。
これから先、メールやチャットの関連事件はもっと増えていくことでしょう。
魂の姉妹では最終的には解決しましたが、実際ではどうなってしまうのか・・と私は時々思ってしまいます。。
宗田先生はぼくらの続編や2Aやたくさんの作品を書かれていて大変だと思いますが、これからも応援しています★
そして楽しみにしています♪
頑張って下さい!!
P・S 13歳の黙示禄、面白かったです。

H・E 10代 女

やっぱり『ぼくらシリーズ』です!もう最高〜☆はじめに読んだのは『2A探偵局(遺書の秘密)』だったんですけど、最初に〔すっごく面白かった!時間忘れて読んじゃった!〕と母に感激の感想を伝えました。
それがきっかけで私は、宗田先生の小説を知ることができました。そしてそのとき以来私は宗田先生ファンになってしまいました。
その次に母に勧められたのは『ぼくらシリーズ(ぼくらの恐怖ゾーン)』でした〈中途半端…〉最初はシリーズものだとは知らずに読んでいたので、わけが分からなかったんですが、次第に話にのめり込み本の世界へ吸い込まれてしまいました。そして読み終えた後は…なんともいえない満足感に満ちていました(^o^)v
そのあとは最初の物から読もうと思い、『七日間戦争』から買いあさっていろいろ読みました。そして読みつづけているうちに、相原徹君にはまってしまいました。徹君すごくかっこいいですよね☆最後の最後まで彼女とかいなかったので結構幸せでした。もう『ぼくらシリーズ』は終わってしまったけど…ずっとファンでありつづけようと思います。
今まで夢を与えてくれてありがとうございます。そしてこれからも頑張ってくさい!応援してます。
次のシリーズもGOODでした☆もう私はこれからも宗田先生の大々ファンです
H・Eさんへ
えっ? 「ぼくらしりーず」は確かに文庫本では終わったけれど、このホームページで「それからのぼくら」として書き下ろししているんだけどなあ。知らなかったらぜひ読んでほしい。4章まで公開している。読み過ごしている人もいるのだろうか。
宗田理

K・F 10代 女

こんなページがあるなんて、はじめて知りました。
しばらく「ぼくら」シリーズから離れていたんですけど、「新ぼくら」シリーズを読んでまたぶり返してきました。
久しぶりにぼくらの爽快な感じが戻ってきた気がします。
いつか旧ぼくらのメンバーと新ぼくらのメンバーが出会うのを楽しみにしてます!出会うのかな?
菊地君がいい男になっていますように。。
新刊も楽しみにしてます。
K・Fさんへ
旧ぼくらのメンバーと新ぼくらのメンバーが出会うことはない。それと、菊地は「それからのぼくら」に登場しているので、読んでなければ今すぐチェックだ。当サイトのトップページからMENUの「書き下ろし小説」をクリックしてみて。いい男になっているかどうかは、読んでのお楽しみ。
宗田理

Y・A 10代 男

『魂の姉妹』読みました。
この本を読んでいると頭が混乱しそうになりました。日記を読んである程度覚悟していたけど、これほどまでとは驚きました。仮面学園でも出てきたけどメールの力はすごい物があると思いました。これから携帯などでメールを打つ機会が増えると思いますが気をつけたいと思います。

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