ボクラコム・メールコーナー

5月−2

THE UK 10代 女

ちょっと素朴な疑問なんですけど、何で、作家の人たちは、きれるではなくて、キレるとわざわざカタカナで書くんですか??しかも,るだけは平仮名で,そこを強調する為かな??と思ったんですけど。それは、正しい日本語ではないと言いたいのですか??
教えてください。
THE UKさんへ
「きれる」と書くのと、「キレる」と書くとでは、どんなふうに違いを感じるだろう。他にも「びっくりだ」と「ビックリだ」とはどう違って感じるだろう。カタカナで表記した部分は、漢字やひらがなの中に混ぜるとちょっと特殊なイメージを持たせる役割がある。強調したい部分で使うときもある。「キレる」というのは、以前はあまり使われなかった言葉である。そんなこともあってカタカナを使うことがある。全てカタカナだとかえって目立たなくなる。「る」をひらがなにしているのは「キレ」を目立たせたいからだ。「キレ」は「ブチキレ」とか「キレまくる」というように不愉快なことがあって神経がプッツンしてしまうことを意味している。いま「プッツンして」と書いたが、これを「プッツンシテ」と書いてしまうと「プッツン」が強調されなくなってしまう。だから「る」はひらがななんだね。
宗田理

hiromi 10代 女

5月8日・・・宗田先生、お誕生日おめでとうございます♪
(^0^)∠※PAN!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:*
確か、ぼくらの七日間戦争のマンガの方に、先生の誕生日が今日であると書いてあったと思いますのでお祝いのメールをいたしま〜〜す!!
誕生日って何の日なのか考えたことはありますか?
先生がお生まれになった日なんですね。
1年にたった1回の365分の1の大切な日・・・
今日まであなたを大切に育ててくれたご両親や、今までの思い出を一緒に作ってきた友達や周りのたくさんの人たちに感謝して・・・
((((*^o^*)†~~~宗田先生にとって今年も素晴らしい1年でありますように・・・
先生の小説を楽しみに待っている人たちがたくさんいると思います。
お体に気をつけてずっと書き続けてくださいね!
さぁ、これから学校に行ってきます♪

モミジ 20代 女

祐希奈さんへ
祐希奈さんはじめまして。モミジといいます。
自然の事、ですが、たしかに植物は私たち人間を助けてくれていると思います。私たちが生きていくために必要な酸素を供給してくれたり、安らぎを与えてくれる。でも、植物たちは「人間を助けよう」などとは思っていないと思います。ただ自分たちが生きていくのに必死なだけだと思います。
「人間なんて頭脳だけの生き物。」と祐希奈さんはおっしゃってました。そうかも知れません。人間だけが、地球上の全ての生物の中で突出した知能を持つことが出来た。それゆえに、自分たちが地球上での主人公だと勘違いして、他の生き物たちの事を忘れて「便利さ」を追求し、地球のリズムをめちゃめちゃにしてしまった。
世界のあちこちで森林が伐採され、野生動物たちが生きる場所を追われている。人間だって、生態系の一部だったはずなのに。
世界の終わりが来るとすれば、オゾン層が全部無くなっちゃって人類が全員皮膚ガンになったり、地球の人口が増えすぎて食べるものが無くなってしまったりとか、そういったところだと私は思ってしまいます。
頭脳だけの生き物・・・。
でもスゴイんですよ。ドイツとかだと、ゴミはお金を出してゴミ収集車に持って行ってもらうんです。でも反対に、紙類とかのリサイクル用品は政府が買ってくれるんです。そんな決まりがあれば、誰だってゴミは出さないよう心がけるようになると思いませんか。ドイツでは、とっくに人類と自然との共存を実行し始めているんです。
今の日本人には、「責任感」が足りないんだと思います。一度「ゴミ」として家の外に出してしまえば、あとは誰かがなんとかしてくれると思っている。
ながながづらづらとしたメールで、申し訳ありませんでした。久しぶりに語ってしまった気がします。
祐希奈さんが「作家」という夢をお持ちのように、私にも「夢」があります。今の地球環境を、少しでも良い方向に変えていけるような、技術や知識を持った人間になることです。そうなるには、これから山ほど勉強していかなくてはなりません。しかし、そんなでっかい事を言っときながら、私も電気や水をたくさん使い、車にも乗るわけで、なんだかハズカシくなってくるわけではありますが。
そういえば、2A探偵局の「奥の細道失踪事件」の中に、こんな言葉がありましたっけ。「人間って、ばかなのかりこうなのかわからない」。祐希奈さんがおっしゃた言葉に似てるなぁと思って、思い出しました。
では失礼致します。

万砂(かずさ) 10代 女

アヤカさんへ
難しいですね。独り言を言う人って周りから「変な人」に見られがちです。でも独り言をいうのって人と話したいからなのでは?と思いますよ。いじめられる対象ってなんだと思いますか?もんなと「違う人」ですか?でも人間ってみんな違っててあたりまえですよね。でも、自分が嫌いだから無視するとか冷たくするとか、はっきり言って自分勝手な行動だと思いませんか?された方はきっといい迷惑ですよ。仲間はずれって「仲間はずれにした側」が悪く見られがちですけでど、あたしは「仲間はずれにした側」・「仲間はずれにされた側」の両方にも落ち度はあると思うんです。確かに仲間はずれにするのはいけないことです。でも、仲間はずれにされたくないのなら、それなりの努力をすべきです。難しいことだというのはわかってます。だから仲間はずれにされる人は悩んでいるのですから。でも、どこかでがんばらなきゃ何も変らないじゃないですか。自分で仲間はずれにされたままの平行線をたもってたらいけないんです。だからこそ、相手がそういう姿勢をみせたら、今まで仲間はずれにしてた人たちも受け入れてあげなくちゃいけないんです。「あの人嫌い」なんていってる場合じゃ、ないんですよ。自分は嫌いじゃないけど、みんなが嫌ってるから・・・とかたまにありますよね。自分は仲良くしたくても相手に近づくことで「あいついい子ぶってる」とか思われそうで恐かったり。でも、誰が誰と仲良くしようが人の勝手であって、自分の行動を誰かが指図する権利なんてないんですよ。

アヤカさんに出来るのであれば、遠足はあなたから誘ってあげるべきです。友達と一緒にいたいのは分かります。遠足を一人で過ごしたいと思う人なんていないはずです。それはみんな一緒。一緒にいてもその子がういてしまうと思うのであれば、そうならないように頑張ればいい。難しいこと。でも勇気を出せば誘うなんて簡単なこと。あなたがみんなの代表となっていいはずです。・・・頑張って!!

さわつかさ 20代 男

先生の作品を読んでいて気になることがありましたのでメールいたします。「大人は悪い」「大人は嘘つき」「大人はコドモのことを分かってない」など「大人は・・・・」といったセリフを本の中で中高生が述べています。もちろん正論であり、読んでいるとスカットします。特に中高生の読者はそうでしょう。しかし一方でそれを否定する人物も必要だと思います。
「大人は大人はと言うけど、じゃあ君たちはコドモなのか?」と私は聞きたくなるときがあります。「自分はコドモである」と認めるのなら、子供扱いされてもしょうがない。でも子供扱いされたいと思う人はいないはずです。「大人は〜」というセリフを言うことでは自分がコドモであることを認めてしまっています。子供扱いされたくないなら「大人は〜」というセリフは言うべきでないと思います。
A先生が見下した態度をとったり、暴力を振るったり、嘘をついたりするのなら、「A先生は〜」と具体的に言うべきであって、「大人が」とは言わない方がいいと思います。「大人」という言葉の範疇は非常に広く、曖昧な言葉でもあるからです。
もし、すでにこのような内容の発言をしている登場人物がいましたら、私の勉強不足です。申し訳ございません。後日その本を読みたいと思います。

祐希奈 10代未満 女

皆さんのとても多い意見、私に対しての感想を見てとてもうれしく思いました。だって小説家になりたいなんて事は人前で言った事がなかったし、その夢に対して私はずっと心の引き出しにしまいこんでいたみたいです。私は文で気持ちを表すのが大好きです。だからこれからもがんばって色々文章やお話を書いてみたいと思います。小学校2年生くらいの時から、本というマジックから抜け出せなくなってしまいました。だから、「小説家になりたい!」と思うようになったのは小学校3年生ぐらいの時からです。本ってとてもドキドキするんです。頭の中に性格にイメージされて自分が物語の中にいるかのように思えるのです。だからその作家の先生達が使う「言葉、文章のマジック」が使ってみたいと思うばかりです。皆さんもそう思いませんか?言葉ってすごいと思いませんか?でも、私は最近人間よりも植物の方がすばらしいと思うようになりました。(これも私の悩みの種です。)植物って人の事を本当に見えない所で私達の事を助けてくれているんです。「誰の言いなりにもならずつねに自分の上へ上へと目指して登っていきそして自分のためだけではなくて人の事も考え助ける」そんな所にすごくひかれています。ほとんどの人はきっと人間の方がすばらしいと言います。でも人間なんて言ってしまえば頭脳だけの生き物。自然や相手の心も考えずなんでもかんでも勝手にやってしまう。そんな人ばかりです。
宗田先生、そして他の人はどう思います?人間の事、自然の事。皆さんの考えを聞かせてください。お願いします。

O-416 10代 男

アヤカさんへ
教室で無視されている人と話すのは勇気がいるので、こそっりとメルアドを聞いてメル友になりましょう。人間は一人では生きられません。ぼくも暗いほうなので、悩みは自分で答えをだします。だけど、そういう時はなかなか答えがでません。どうしようもない時はぼくらを読みます。
ぼくらを読むと、悩みなんか全部忘れます。だから、その人にもぼくらをすすめて、ボクラフアンの仲間に入れましょう。
それから、ぼくも田舎に住んでますけど中3のころ(今は高2)イジメがありました。同じく暗い女の子がクラブ中にボールをわざとぶつけられて笑われたり、わざと聞こえるようにその子の悪口言ったりしたようです。そして、その子は登校拒否を繰り返しました。その時は先生が日記みたいなのを読んでなくなりましたけど、先生が話すまでぼくはそのことに全然気づきませんでした。イジメってなかなか気づかないものです。だから、アヤカさんは手遅れにならないようにがんばってください。

祐希奈 10代未満 女

さわつかささんへ
とんでもありません!私はただ自分の思う事を自分なりに表現しているだけです。ほめて下さって大変うれしく思っています。「今書いた方がいい!」というさわつかささんの言葉に(その他にも色々な方のアドバイス)感謝と感激で言葉に表せないほどです。
「ネット上で公開した方がいい」とさわつかささんはおっしゃって下さったのですが私はパソコン関係に非常にうといためどうやってホームページを作るのかが分からないのです。分かればやってみたいなーと思っているのですが。なんとか頑張ってみます。ホームページ作りに詳しい方、教えて下さい。やっぱり大変なんですよね。
私は前書いたように一人でも私の物語を読んで感動してくれたりおもしろいなと思ってくれる人が世界中に一人しかいないとしてもとてもうれしいです。だからインターネット上で皆さんに意見を聞けたらいいなと思っています。やっぱり、夢って大切!夢に向かって日々、前進したり後ろに下がったり、坂を登ったり・・・・・そんな事している間に夢にたどりつけるんですね。
私はまちがっていました。私は夢に向かってのスタートをまだきったばかり。あせらずに、じっくり自分の考えを元にしながら「小説家」という道を歩んでいこうと思います。そして、私のつまらない意見を聞いてお返事を下さった方々。本当にありがとうございました!

彰(アキラ) 10代 女

=DEAR=アヤカさん
大変な悩みを抱えているようですね。私のクラスにも一人います。女子です。
そのこは、小学校のときからずっと、かどうか分かりませんが、嫌われているそうです。私もはっきり言えば、あまり好きではありません。確かに、悪いところの無い人なんていません。悪いところをその人に言えば直してくれるでしょう。しかし、私のクラスで嫌われてる人は、自分で「物忘れが激しい」といっているのです。現に、「私は極度のくすぐったがりのので、あまり体を触らないで」と言ったのですが、次の日にはもう忘れているのです。はっきりいってもわからない人なのです。
そろそろ遠足なのですか。アヤカさんが入れたいと思うならいれてあげたほうが良いですよ。
私達も、7月ぐらいにキャンプへいきます。そのときどんな班になるか分かりませんが、もし自由に決めるのなら、私はクラスで嫌われている人を班に入れますね。今までそうしてきましたから。それに、一緒の班になる事によって、その子の良い所を見つけられるかもしれません。なんか嫌じゃないですか?一人だけ仲間はずれって。よく言うじゃないですか「自分がやられて嫌なことは他人にしない」って。今、その子には、一人でも多い友達が必要です、きっと。

O-416 10代 男

はじめまして裕希奈さん!
あの「魂の姉妹」という題名を見た時、ぼくはずっと前新聞でみた「魂の双子」(同じメールの話だけど、内容は全然ちがう)が元になっているのかな、と思いました。話の元じゃなく、題名の元ね。ぼくは、裕希奈さんみたいに作家になりたいと具体的には思っていないけど、よく物語を考えます。それで、ぼくの場合は題名をつける時よく和英辞典をひきます。それも、発音がカタカナで書いているやつね。
あ!それから、まだ夢を持っていない人はあせらなくてもいいです。毎日少しずつ自分のペースで自分なりにできるかぎりがんばって考えればいいのです。それでも、夢がみつからない人は何にでも挑戦するべきです、人生いつだってやり直せますから。それでも、夢がみつからない人はいっそ新しい職業を作ってみてはいかがですか。今はネットの時代ですから、子供だって何だってできます。
ここで、自分の夢に悩んでいる人へ夢を持ち続けるコツを僕なりに教えます。それはズバリ自信と不安です。自信はもちろん必要ですけど、不安も必要です。不安というか探求心!例えば、裕希奈さんみたいに作家になりたいとします。自分は本当に作家になれるのかと考える時、自分の作品を客観的にみることがひつようです。この作品を作る時にどんなにがんばったかという思い出は無視して、あくまで客観的に時にはわざと悪い所はないかと探してみてください。もし悪い所がみつかったら、悪い所(間違いではなく、気に入らない所)を直してください。だから、不安も必要です。だけど、不安ばかりだとあきらめやすくなるので、ある程度自信も必要です。
長くなりましたが、ここまで読んでくれてありがとうございます。また、これからもカキコすると思いますので、その時はよろしく!!

メールコーナーTOPへ
 
このサイトは、宗田理とぼくらプロジェクトにより運営されています。
したがって、著作権も宗田理とぼくらプロジェクトにありますので、転載等は基本的に禁止です。
All copyright 2000 Souda Osamu & bokura Project. All Rights Reserved.