ボクラコム・メールコーナー

6月−2

真希 10代 女

宗田先生、こんにちは。私には今、悩みがあります。私は今年受験をして私立の女子中学校に入学しました。そして、仲のいい友達がたくさんできたところで1人特に仲のいい子ができました。
その子とは、とても気が合って本当に仲が良かったんです。でもある時突然、その子のことがチョットいいかたが悪いですけど、ウザイと思ってきてしまったんです。その子とはけんかもしてないし、いつもと変わらないのになぜか、その子を見ると関わりたくないっていうか、いっしょにいたくないっていうかなぜか嫌いになってしまったんです。本当に分からないんです。今もその子といっしょにいるとつらいんです。
だれか私に何かアドバイスを下さい。 お願いします。

鈴木真樹 10代 男

ここに書いて良い内容のか分かりませんが、私の頭の中が余りに急激に増えすぎた気持ちで爆発しそうなので、書かせていただきます。
皆さんもニュース等で既に知ってる事と思いますが、昨日、大阪の小学校で事件が起こりました。学校で昼休みに友達と話していると担任が教室に入ってきて「兄弟の学校はどこだ?」と急に聞かれ(私は中学からその学校に入った(今は違う高校ですが))そのニュースを聞きました。弟は違う学校でしたが、他人事とは思えず気になったの、で色々テレビなどを見ていると、各局で様々なことを言っています。専門家の方々の言葉に納得できる事は少なく無責任な言葉に呆れ返ることすらあります。
私は将来、犯罪心理学者になりたいと思っていました。でも、今はよく分かりません。この事件について私は今何を考えてるのかも自分でも把握できてないんです。
馬鹿げた悩みですが、誰か何か一言くれると嬉しいです。乱文失礼いたしました。

あきら 10代 女

またメールをしました、あきらです。
今日は、私はどうしてもいまだにおさまらない怒りを伝えたくてまたメールしました。大阪の事件の事です。この話を母とした時、母は「かわいそうで記事をみれない」と言っていました。
私は本当に怒っていて、「死刑になればいいのに」と思わず言ってしまいました。母は、「無理よ。精神の病気なんだから。」といって私がいくら抗議してもあきらめがあったいいかたをしました。私はどうしても、「精神の病気だから」無罪になるという事が理解できません。
私はいまアメリカに住んでいて、情報もネットでしか聞いていなかったのですが、やはり衝撃的な事件でした。一瞬コロラドなどでのシューティングの事件に似てると思いましたが、子供が子供を殺すのと大人が子供を殺すのが大きな違いでした。
いまは幼児虐待と言う言葉を良く聞きます。こんな環境の中で育った子供達、可哀想なニュースをきく小学生の子供は一体どういう気持ちでどういった風に受け止めているのだろうか?そして、8もの小さな、でもどんどん大きくなって行く命を殺した男は、「無罪」にしたらおかしいと思います。いけない事をした人にはそれなりの罰を与えないといけないと思います。
一番悲しいのは命を失った子供達なんだから。彼らの身になって男の処罰を考えてほしいです。「法律だから」。そういわれるとその法律を変えたくなって来る。この法律は一体上手く行ってるのか?宗田先生が言っていた、「時代を変える」だんだん分かってきた気がします。

AKA 10代 女

宗田先生、先生のファンのみなさまこんばんは☆
最近ショックな出来事があったので聞いてください。
この前、市の中心地、駅の周辺で30代くらいの男性が女子高校生をねらって殴るという事件がおきました。一日に3件程起こったのです。最初は駅である高校の女生徒一人が抵抗する間もなく殴られました。次は少し離れた場所で、4人で歩いていた別の高校の女生徒が男性に後ろから殴られ、そのうち2人がにげたら、追ってきてかばんでもたたいてきたそうです。
そして3件目は、私が被害者です。
駅の階段を上っていたら突然前からげんこつで4発くらい殴られました。
ケガは私も含めてどの生徒もたいしたことはないので、よかったです。
でも、突然知らない人から殴られるということは心に大きな傷をおいました。
私が殴られた時、周りに何人か人はいたし、明るいところだったのに誰も助けてくれませんでした。目があった人はそらすし・・・。
だから少し人間不信みたいになってたんです。でも、その事件があってから自分を心配してくれる人がいることに気がつきました。今までは当たり前のように思っていた友達のありがたさが、よくわかったのです。今でもその駅を通るのは怖いし、知らない人にびくびくしている自分がいるけれど、自分にとって大切な人たちがわかったいい機会だったと思うようにしています。
宗田先生や、みなさんはどんな時に友達のありがたみに気づきますか?

あおい 10代 女

のんさんへ。
私も同様の経験があります。つらいですよね。私も相談できる人がいなくて、かなり悩みました。私が出した答えは、手紙です。返事はきちんと返してくれました。私の場合、お互いの考え方の相違でした。
私は深い付き合いを求めたのに対し、彼女は広く浅くのタイプだったのです。手紙を書いて、理由を聞いた事自体は後悔していません。でも、きちんと直接正面きって話せば良かった。今、彼女とは付き合いありません。それは仕方ないと思っています。これはあくまでも、私の体験です。考え方も人それぞれ違いますし、感じ方も違います。のんさんに、絶対にこうした方がいいとは言えませんが・・・。
参考までに、私の意見を書きます。
何か行動を起こさない限り、現状は変わらないと思います。結果が辛い事もあると思いますが、それもいつかは思い出になってしまいます。そうやって、大人になっていくのではないでしょうか。それに、自分を見つめ直すいい機会になるかも知れません。私自身がそうでしたから。
傷つくのが怖いという気持ちはわかりますが、ここで逃げてしまったら、もし今後また同じような事が起こった場合も、逃げる事になっていまうと思います。いつか決着つけなければいけないのならば、早い方が良いと私は思いますが・・・。
のんさんは、中学2年生ですよね。これから、たくさんの人との出会いが待ってると思います。まだ若いのだから、前向きに考えてみて下さい。
助言にもなっていないかもしれませんね。ですが、数多くいる人の、一つの意見として捉えて下さい。

THE UK 10代 女

のんさんへ。
こんにちは。私は、こないだ、友達とけんかをしました。
その子は、私の同じ学校に、おんなじ時にはいって、時間割もほとんどいっしょだったし、クラスもいっしょだったので、よくいっしょにいたんですけど、その子が日本人学校にはいってから、私とその子との接点は無くなりました。お互いに手紙も送らなかったし、電話もきませんでした。
そして、塾に、その子と仲のよい子がいて、その子だから知ってるだろう。と思って、その子の好きな子の事を、ちょろっと、話してしまいました。その子は知っていたのですが、そこにたまたま日本人学校の子がいて、エー―――そうなの!!とか言っていて…。でも、まあいいや。どうせもう関係ないことさ。見たいな感じでいたら、忘れたころに??と言うか、何日かあとだったけど、その子から、電話がかかってきて、わー――久しぶりだなぁ…。とか思ってたら、文句言われて…。
まあこれは私が完璧に悪いんですけどね…。その子が学校にいたときに同じようなことをやられたので、仕返し??見たいな感じで、しかも、なんか、自分から、“ごめん”って言う言葉がでなくて…。結局言ったけど…。気持ちなしで…。
それでも、考えてみたら、アノ子、学校にいるときから、私のこと嫌いだったな、みたいな感じで思い出して、手紙に、ごめんって書いて、送りました。
まだ返事は帰ってきてません、まあ期待はしていないけど。こっちも文句書いたし…。えへへ…。
日本にいる時も、なんか、いきなり冷たくされたけど、クラスがえの日だったし、おもっきりまとわりついてやった!!
自分から、最初に謝ってみて、(ほんとにそう思ってなくても)そこで、とりあえず、仲直りした事にしといて。なぜかをうまく時間をかけて聞き出す。そんで、そのことを知ったときに、許せる範囲だったら、自分がさけた理由を言ってもいいし、言わなくてもいい。
でも、それが、あなたにとって、許せないような事だったら、今度は、相手が自分にしたことを、相手にしてやってください。きっと相手がまだ、普通????(私は、普通はないと思っている)の心をまだもっていたら、最初は、何で??とか聞くかも知れないけど、きっとそのあとで、あなたと同じ、気持ちになるはずです。

麻里奈 10代 女

突然ですみませんが宗田さんに質問したい事があります。
学校で歴史の勉強があって、ローマの文明の所をやったんです。
それで、少し「哲学」の話をしていたんです(先生が)
それから「人間はどうして生まれてくるのか」って質問されたんです
それにはみんな答えられなくて、私もどうして生まれてくるなんて
考えてもなかった事だったので少し自分なりに考えてみました。
人間は、夢をかなえる為に生まれてくるんじゃないのでしょうか。
自分がかなえなきゃいけない夢があるから、生まれてくる。
私はそんな気がします。
宗田先生ならどう考えますか?
麻里奈さんへ
ぼくは、「生まれること」に、哲学的な意味づけはないと思っている。
「生き続けていく」ことに、しだいに意味が生まれてくるのだと思う。
人間だって、所詮は生き物なのだ。
毎日呼吸して、食べて、排泄し、眠ることが出来れば、りっぱに生存していることになる。
それをどう意味づけて、どんな生き方をするのかは、各個人の自由にまかされている。
日々必死に生きていくことで、目標とか夢とかを考え、努力する。そこにはじめて生存の意味が生まれてくるのだと思う。ひいては、人間の存在価値につながっていくものだ。
生き続けなければ、意味がない。
何があっても、生きることだ。
宗田理

うにょらー 10代 女

のんさんへ。
少し難しいですね。
傷つくの覚悟で、一度話しかけてみてはどうでしょうか。
たとえ、その言葉で傷ついたとしても、何かいけないことがわかったら、それを直さなくてはいけないのではないでしょうか?
はっきりしなかったら、はっきりするまで、どこまでも問い詰めましょう。
行くところまで行くと、以外とすっきりします。
もう、ある程度言ったら止まらなくなってしまうと思いますよ。
一度、強く見せてはどうでしょう。
弱く、そのままを続けていると、部活どころではなくなったり、心が壊れてしまいますよ?
アドバイスになっていませんよね。
自分にあった、解決の仕方を考えてみてください。

DUNK 10代 男

のんさんへ
実は僕にもそういう経験あるんですよね。まあ、僕の場合、女友達なので彼氏ができたからというようなことだったのですけどね…。
のんさんの場合、手紙を書いてみるというのはどうでしょうか。手紙なら面と向かって話しづらいことも書けると思います。それにじっくりと考える事も出来ると思いますよ!

U 10代 男

僕は今、小説を作っています。
かなり真面目に。友達に送って返事にアドバイスをもらうといった感じです。
そこで、宗田先生にも小説を書くときの極意などを教えてもらおうと思っているのです。
是非とも御返事を下さい。
Uくんへ
小説に極意なんてない。もしあったとしても、君には必要ない。まだ若いのだから、極意がどうのこうのでなく、がむしゃらに本を読むことだ。最近は、小説を書きたがる人がとても多いが、その割に、小説を読んでいる人は少ない。以前、ある文芸誌の小説公募にたくさんの数の応募があったというが、その文芸誌の購読数は応募数より下だったという笑えない話がある。この文芸誌は有名な文芸賞も出していたが、すでに廃刊となった。とにかく、読むこと。これしかない。
宗田理

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