ボクラコム・メールコーナー

10月−2

K・Y 10代 女

私は『ぼくらの最終戦争』。やっぱりコレは何回も読み返してしまいますね。
しかも、「合格発表」の章!!
今、私が受験生という立場にたっているせいも
あるとは思うんですが、仲間があんなに祝ってくれて…。
私はこの場面が一番好きです☆☆☆

まき 10代 女

私の中では『ぼくらの最終戦争』がお気に入り。
英治達は中学時代が一番輝いていたように思う。
どこか、高校時代とは違う「まっすぐ」で本当に、「いたずら」だったと思う。(高校時代が悪いって言ってるんじゃないけど)。
そんな「ぼくら」の最後の中学時代。相原の安永を、みんなを思いやる気持ち・・なんかいいなぁと思う。せっかく勝ち取った高校合格を取り消させるのは許せない、でもだからといって何もしないままで終わらせるなんて事はない、そんな気持ちは私にもある。(高校受験してないけど)でも、わたしは何も出来なかった気がする。だから、きっと憧れるんだと思う。
いろんな事件・教師をハゲにするまで・高校受験・卒業式・謝恩会・ひとみと二人きりの夜(少しだけど)・河川敷での告白・・全てが、ドラマのように頭の中を駆け巡る。あの一冊の本につまったいろんなこと、それまでの中学時代の話の思い出、これは、何かわからないけど何かが心に残ったって感じがします。

まひる 10代 女

やっぱり『ぼくらの七日間戦争』が最高です。
「ぼくら」のはじまりだし、みんなの友情が築き上げられていくっていうところだし。校長たちを追い返すとこなんて最っ高!読んでいてスカっとしました。今、「ぼくらの七日間戦争」の映画のビテオを探しています。絶対、絶対見て、映画ならではの楽しさ&おもしろさを感じたいです。

N・Y 10代 男

『ぼくらの修学旅行』が好きです。
受験という現実を突きつけられた「ぼくら」を見たとき、何かすごく今までの「ぼくら」とは違ったイメージで読んでしまいました。突然のさよの死、そして久美子の父親の逮捕や英治の父親の会社合併によって、高校を地方でみんなと別々に過ごさなければならないかもしれない英治と久美子。
そして「ぼくら」の前に立ちはだかる受験という重い現実。宇野や小黒や秋元など、「ぼくら」が企画した修学旅行に参加しない仲間達も現れ、一人一人が違う道を歩もうとしている様子が描かれているような気がして、他のぼくらシリーズとは何か違った思い入れがあるんです。
身内のようなさよの死、そして友達になりかけたボスとカマキリの死、二つともショックでした。もちろん「ぼくら」もショックだったと思います。でもそういうことを乗り越えてこそ、今の「ぼくら」があると思います。
「ぼくらの修学旅行」は、今の「ぼくら」に至る成長の原点というふうな気がします。だから僕はこの作品が大好きです。

H・M 10代 女

『ぼくらの七日間戦争』、この本は、私がはじめて読んだ宗田先生の本です。
感動的だったところは、「解放区から愛を込めて」の花火と最後の脱出シーンです。先生のために花火をうちあげたってところが、すごく優しさが伝わってきました。面白かったのは、やっぱり、迷路のところです。仕掛けがすごく面白く、それにひっかかる先生たちも面白かったです。これは、もう今までに何回読み返してるか分からないくらい好きです。

鍋島利匡 20代 男

ご無沙汰してます。
以前先生にご紹介頂きました、映画「僕らの七日間戦争」の「安永」役を演じさせて頂きました、鍋島利匡です。
ご報告しました通り、先日10月13日(土)息子が生まれました!名前は利直(としなお)と命名しました。体重:3065g、身長:50cmのごく平均的な子です。
結婚を機に役者を引退しました私はいまだ先生の作品に出演できたことを誇りに思います。僕の人生において最大の幸福でした。
そしていつの日か我が子が先生の作品を見、更には僕が演じた「安永」を見て、「限りない可能性への挑戦」と「どこに行っても良いんだよ、何をしても良いんだよ(あくまで、常識的道徳を踏まえてうえで…)」の二つを決して忘れることなく、この子を育てて行きたいです。
余談ですが、先日僕らコラムのファンの方からメールを頂き「僕らの七日間戦争」がDVDになっている事を知り、購入しました。そこに映し出されていた10年前の僕は、日本に帰国したばかりのせいもあって、日本語の発音も変で、純粋で、馬鹿で、物知らずで、等々・・挙げればきりがないケド、最高でした。
何の力も、知識もないケド、あくまで純真に自分のしんじた「事」を決して諦めることなく、最後までやり通す…その熱い「想い」、大人になってから忘れてました。
でもこれからは、決してこの想い、人に対する優しさ、熱い血のたぎりを忘れることなく次の世代に残していきたいです!

ベクター 10代 男

僕は、ここへメールするのが初めてです。
戦争やテロについて、僕は反対です。
なぜなら、戦争は、世界を不幸にするからです。
二十世紀は、戦争の世紀でした。
その失敗を生かす世紀だと思っていたのに、これでは、今までのくり返しです。
とにかく僕は、戦争は反対です。

ちあきひかる 10代 女

こんにちは。初めてメールします。
実は私、岐阜県立K高校の者で、今日は文芸道場で宗田理先生のお話を直接お聞きすることができました。先生は交流会の初めに「発表するためには少々の図太さやでしゃばりは必要(かなり不確かです。ごめんなさい。)」とおっしゃっていましたが、私はマイク持ちの仕事もあり、その場でお話することができませんでした。ですから、こおで少し話させて頂きます。
私は日々、世の中に溢れる情報について考えています。TV、雑誌、インターネット等から様々な情報が流れています。そのため真実は何なのか、正直わからない状態です。今日は先生の意見が聞けて文章を書く、または生きていく上で参考になりそうです。私はもちろんニュースを見ますが、新聞を読むようにしています。活字を読んで、ゆっくり考える。時には親や友達と意見を交換しています。今日、先生の戦争中の特攻練習のお話を聞いて、テロの自爆行為にも納得しました。幼い頃からの「洗脳」は恐いですね。
 話は変わりますが、先生の経歴について質問があります。先生は日本大学芸術学部映画学科をご卒業され、シナリオライタ―、編集者、PR代理業を経て、創作活動に入られたそうですね。大学に入る時には「映画を創りたい」と思われていたんですよね?(『創る』ことには変わりありませんが)仕事を変えられた時には何かきっかけがあったのですか?私はものを「創る」ことについて学んでいきたいと考えているので、お答え頂ければ幸いです。長くなりましたが、この辺りで失礼致します。
ちあきひかるさん
ご質問については当サイトの月刊ソーダ2000年11・12月合併号をご覧ください。
回答になるかと思う。
宗田理

まひる 10代 女

こんにちは。前に何度かメールをお送りさせて頂いたまひるです。
今回も前回と似た内容です。前回、いじめについて相談させていただきました。あのあと、周りの席になった男子たちが「僕たちのせいかな?」という理由で、保健室に尋ねて来てくれました。そのときは質問にきちんと答えられなかったのですが、今月、教室に戻る、という形で答えてみました。
しかし、またトラブルが起きて、保健室登校に戻ってしまいました。1週間、通ったのですが悲しくて、また戻ってしまいました。トラブルの内容は、控えさせてください。前までは、男子だけが、私をいじめていたのに今度は何も言わなかった女子まで何か言うようになりました。もちろん、一部の女子ですが。私には「早く戻ってきて」と言ってくれる友達がいます。母は「あなたも強くならなくちゃ」とばかり毎日のように言います。私には「強くなる」と言われても、ただイライラしてしまうだけなのです。それは去年から何度も何度も言われ続けているので、私にもわかっているのですが、どうしようもないのです。保健の先生も「友達がいるあなたは幸せ者だよ」と言います。
でも私にはどうしても「いじめ」を失くして、教室に通いたいのです。私は、ワガママでないものねだりなんでしょうか?普通の中学生で暮らしたい、という希望は持っていけないのでしょうか?今は、フリースクールに通う事も考えています。

伽耶 10代 女

初めてのメールです。
私は今年の夏、アメリカでホームステイしてきました。
3週間という短い間だったけど、本当に楽しい思い出です。
その時、私はN.Yのツインタワーの最上部まで登りました。
テロで無くなる一ヶ月まえでした。
ニュースで聞いた時は本当にビックリしました。
もし自分がいた時だったらと考えると…。
テレビで窓から人が飛び降りたり、血を流しながら逃げている人を見てすごく悲しかったです。
アメリカは武力によって報服し始めたけど、それではテロをした人と同レベルだと思う。
戦争で悲しむのは、罪もない人なんだから。
早く、ラディンが捕まりますように…。

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