ボクラコム・メールコーナー

1月−2

モミジ 20代 女

宗田先生の日記を読ませていただいていると、「1月17日」という言葉がありました。私はその言葉を聞くと、阪神淡路大震災を思い出します。
私の住んでいる地域は、激震地区でした。近所の家々は全壊していたり、歩道橋が倒れてしまっていたり、電気、水、ガス、すべての供給が止まり、営業している店があるはずもないので食べ物を買うことも出来ませんでした。
その時はあまり深くも考えませんでしたが、今思えばやはりすごい経験をしたのだな、と思います。
忘れてはいけない出来事だと思います。なぜ忘れてはいけないんだろう?と、ふと考えることもありますが、やっぱり、忘れてはいけないと思います。
ここにメールを送らせていただくことで、自分自身が再確認するかたちになりました。

梨衣 10代 女

yesterdayさんへ−
こんにちは。私は今現役女子高生なんですけど、
yesterdayさんの思ってることもっともだと思います。
私は(どちらかというと)流行には興味ないし、茶髪とかも好きではありません。
でも、…輝けるティーンエイジャーというんでしょうか、この生活は嫌いではありません。
私は好きで2つの部活に所属していて『今の自分にできる楽しいこと』ができています。
ギャルのくだらない世の中をあなたが嫌がっていても、年月のたち方も年の取り方もみんな同じなんだから、あなたがおばあさんになった時にもブイブイ言わせてるおばあさんがいるかもしれない。
だから、今から失望しないでほしいです。
えらそうなこと言ってごめんなさい。

yesterday 10代 女

早く歳をとりたい。10代での輝いた生活はわたしには苦痛である。年寄りのあののんびりとした、ふつーの・・・・そしてお茶をずずずっとすすりながら時に身をまかせる生活に憧れをもち続けながら生きている。今思うとそれだけのために生きているような気がする。女子高生=ギャル(大半以上)が面積を占めたくだらない世の中とはおさらばしたいのである。
誰があの暴走を止められようか?
流行は悪いことではないので「止めろ」だなんていう権利は誰もいない。
せめて戦争が再び始まる前に棺おけの中に入りたいものである。 おわり。

hiromi 10代 女

宗田先生、こんにちは。
実は昨日、進研ゼミの付録(?)で「ゆめみらい」という保護者向けの雑誌の中で宗田先生のインタビューの記事を見つけました。
もちろん読ませていただいてとても嬉しく思いました。
考えることところはたくさんあって、「あぁ、そうだよな」といつもながら感心させられる箇所がたくさんありました。
傷つきたくないから、深い友達にならない。
友達を傷つけないから、自分のことも傷つけないでほしい。
という願望は現在高校三年生の私にもあります。
でも、友達と思いっきり喧嘩をしたり一緒に涙を流せることって本当は素晴らしいことなんですよね。
私は部活動を通して、それを痛感しました。
深い友達になりたくない、っていう気持ち自体がもったいないんですよね、本当は。
私は部活を引退するまで毎日練習して、部員は全部で70人いる中で女子部長をしていました。
技術的に私はうまくなかったけれど、「向いてないかも。やめちゃおうか。」と何度も思ったけれど、友達がいたからやってこれた部分は数え切れません。
練習は人一倍頑張った私は、最後のインハイ予選県大会で10年ぶりに団体決勝進出を果たしましたが、本当は決勝に残れたことよりも、前日試合だった男子も含めて「みんな」が応援に来てくれた事が一番嬉しかったのです。
これって、もしかして部活の中で一番大切なことなのかも。って思いました。
楽しい中でも真剣に取り組んだ部活動は「みんな」を「一生の仲間」に変えたんだと思いました。
これからもお仕事頑張って下さいね。

ゴマ 10代 女

☆空さんへ☆
あたしもその気持ち、よくわかります。
嫌われたくなくて、みんなを笑わせて、友達の前じゃ嫌な顔1つもできなくて。。空さんみたいにすごい悩みました。毎日虚無感でいっぱいでした。どれが自分なんだろうって。。。
でもある時、友達(年上)がメールをくれたんです。
「あんたはいっつも元気に振る舞ってるし、あたしにもそう見えるけど、別にあんたが泣いても、弱音吐いても、あたしはあんたが大好きだよ。だってあたしからは無理してるようも見える。無理はしちゃだめ」
すごい嬉しかった。あたしは別に無理してるつもりはなかったんですけど、その友達にはあたしでさえ気付かないことも見えてたんです。
その後から、その友達と一緒にいる時は虚無感もなく、気分が楽でした。別に『本当の自分』がどれかわかったわけではありません。でも、自分が一緒にいて安心できて、楽であれば、それは『素直な自分』だと思います。
『素直な自分』でいる時間が長いほど、『本当の自分』に近づけるんじゃないかな?
長くなってごめんなさい。意味不明な文でごめんなさいでした。

氷魚 10代 女

空さんへ
“本当の自分”っていうのは、多分誰でも探していると思います。他人は自分の目で見られるけれど、自分のことは自分じゃ見られませんし、自分と他人ではきっと、ひとつの事柄でも感じ方が全然違うものだと思いますから。
だから、というわけではないですけれど。私はこう考えます。例えば楽しいなら「楽しい」と思った瞬間が本当の私。泣きたいくらい悲しいなら、その「悲しい」間が嘘をついてない私。顔と言葉は嘘をついても、感情は絶対嘘をつかないですから。
ずっと自然体で、自分らしくいるのって難しいことだと思います。必要だと思ったら嘘もついてしまったりすると思います。それは悪いことだけれど、解っているけれど、どうにもできない不条理さは、誰でも持っていて、戦いながら頑張っていると思います。だから頑張って欲しいです。そんな風に今悩んでいる空さんは、間違いなくあなた自身です。
偉そうなことを言ってすみませんでした。悩みのはけ口がないなら、私は力になりたく思います。愚痴でもなんでも、心から出てくるそれは誰でもなくあなた自身の言葉ですから。

空 10代 女

初めまして。このごろ、ふっと、考えることを書きたいと思います。
私は17年間生きてきましたが、ときどき、どれが本当の自分なのか、わからなくなるときがあります。人と話していて、話を合わせたり、自分を作ってたりして…。
天然の自分なのか、バカな自分なのか、真面目な自分なのか、どの人と、一緒にいるときが本当の自分なのかと…。このごろ思うには寝ているときだけが、本当の自分になっているじゃないかと。
この前、久しぶりに地区の行事に出てきました。保育園の子たちと話していると、素直に純粋なんだろうと思いました。
本当の自分はどこに行ったのか、一人でずっと、考えていると頭がおかしくなりそうで、メ−ルさせてもらいました。ここらへんで終わりにしたいと思います。
空君。
ほんとうの自分って何かな?ぼくもそんなことを考えたことがある。それは考えれば考えるほど迷路の入りこんでしまってわからなくなる。そして最後に達した結論。それは”空(くう)”だということ。ぼくの言うことがやがてわかるはずだ。
宗田理

YUKIKO 10代  女

はじめまして。
わたしは、小学校四年生の頃に、4度目の引越しをし、自信が無くなってしまいました。
勇気がなくなって、新しい学校の人と話せませんでした。しだいに、「キモイ」とか言われて、自信を完全に失いました。歩くときも猫背になって、下を向いてて…。
歩いてるだけでも、周りの人に、「キモイ」「ブス」とか言われます。
すっごい悲しいです。
自信がどんどん無くなっていきます。
家にこもってばっかりで、太っていっちゃうし…。
今の学校でも、先輩や後輩。そして、仲良しの友達だった子にも「キモイ」っていわれます。
わたしは、幸せじゃなくていいです。ふつうになりたいんです。勇気を取り戻したいんです。

家では、隣の部屋で、姉と姉の彼氏が、私の悪口を言っています。
「マジで妹、気持ち悪い」「キモイって言ってやれば?」とか…。何を話してるのか、すこし聞き耳を立ててみたら、これです。
もう、誰も信じられないし、安心する場所がありません。
悲しくて、孤独です。誰も、本当の味方になってくれません。
YUKIKOさん。
君は他人の目を気にし過ぎる。他人がほめようがけなそうが、そんなものは舞い落ちる落ち葉みたいなものだ。一瞬が過ぎてしまえばもう何もない。そんなものにくよくよして肩を落とし、うつむいて歩くのはよそう。胸をはって空を見上げよう。そして雲にかたりかけてみよう。
宗田理

薫 10代 男

はじめまして、宗田先生、そして明けましておめでとうございます〜。
僕は高2の男子です。今年の夏に帰国しました。
え〜っと、宗田先生の本と出合ったのは、僕が中2のときなので、もうかれこれ三年もお世話になっています。『ぼくら』にはいつもいつも助けられていて、僕自身にも彼らのようにいい友達がたくさんいます。
今回メールを書いた理由は、いろいろありますっ!!!
なんか最近悩みばっかりで、そのうちのいくつかを聞きたいと思います。
これらは友達に聞いても、やはりみんなも悩んでいたりだとか、ちょっとまだ聞くのははやいかな(例えば、人生とか 笑、やはり16で悟ってしまったらやばいでしょ)と思ったりすることです。
まずは、そう、↑の人生のことです。なぜか、考えれば考えるほど怖くなっていきます。僕はこの間、冬休みの感想文を書いていました。僕はけっこう書くことが好きなので、本を読み終わったら、思った事をあまり深く考えず、すらすらっっと書いて、あとで読み直します。(なので、けっこう文章の構成がまちがってたりとか、あちゃ。)
この間は時間がなかったので、夏に読んだ『天使のくれた時間』という本にしました。これは映画化もされてるので、ぜひぜひ見てみてください。
これは簡単にいうと、過去のある時点に戻れるという話です。誰もが一度は「ああすればよかった」とか、「あのとき、こうしていたら」という思いますよね。けど、ここなんです。人生は物に例えると、目的地の見えない列車です。一瞬一瞬の気分や感情、判断や取り巻く環境などで、たくさんあるレール(選択肢)から、たった一つのレールを選び進んでいきます。そして後戻りはもちろんできない。そのときに決めたレールで、関わってくる友達や、出会い、経験などが変わってくるのです。
そう考えると、一つ一つの判断や考えが貴重に見えてくる反面、怖くなってしまい、なかなかすぐに判断や考えを決めることができません。
例えば、僕は去年の夏に帰国せざるをえませんでしたが、もしあのとき帰国していなかったらどのようにしていたのかとか、もし東京に移ってこなかったらどんな生活だったのか、どのような人々に会っていたのだろうか、などです。考えれば考えるほど、自分がなぜ、今こういう状況にいるのかとか、わからなくなります。

また二つ目は、運命ですかね〜???またまた16の考えていいことなのかちょっと心配…。
このきっかけは、そうですね、僕の性格が気づかせてくれました。本当に運命って不思議ですね。
ぼくは、自分でいうのもなんなんですが、けっこう友達がいます。たぶん前の学校がアメリカンスクールで、小さかったことが原因だと思います。一学年約10人前後と本当に小さかったのです。その分、みんな仲良しで、僕は中一から高3まで全員が友達でした。また自分は、誰にでも話しかけられるタイプなので、男の子も女の子も、年の差も全然気にしないで友達になっちゃうんです。
12月31日に、親と旅行に行きました。父の会社の寮で、すっごい人でした。その時期はめずらしく、僕と同じくらいの人がけっこういました。僕の親は珍しく紅白も見ないで10時くらいに寝てしまったので、僕だけホールにいってテレビを見に行きました。誰もいなかったのですが、さっき見た女の子が新聞をとりに来ました。そのときはあまり喋らなかったのですが、30分後にまた新聞を戻しにきました。そして、僕が「アムロの見た?」って聞くと「見た見た」とか言ってそこから少しずつ話始めました。そしてそのあと2時間くらいいろいろと話していて、今ではメールや電話もする友達です。
けれども不思議なのは、なぜ僕は彼女と友達になったのかということです。だって、泊まりに来る日が違ったり、あの時にあの場所で僕が話しかけなかったら、ぼくらは見知らぬ二人のままだったはずです。(ラブストーリは突然にの歌詞です。すいませんっ)
そこにはやっぱり運命なんてのがあるのですか?だってやっぱり、渋谷のハチ公前を歩いると、すんごい人じゃないですか?
みんな僕の存在すらしらないし、僕も彼らの存在もよく知りません。旅行期間中にあった子だけではなく、僕のいまの友達なんかすべてみんな、ハチ公前で他人のまま通り過ぎてもいいことじゃないですか?
けれども僕は今の友達を知っている…ごめんなさい、なんか書いていたらすんごい長いですね。なんか文章の構文もやばいかも…。読みにくいかもしれないですけど、お返事まってます。そろそろ宿題終わらせなきゃ!今日から学校だったけどっ。
薫君。
人は一生の間に無数の人と出会うけれど、関係をもつ人はさほど多くはない。選択する道も無数にあるけれど、一つしか選べない。どちらがよかったか、かんがえてもムダである。それを運命といったらいいのか。とにかく不思議である。しかしそれだから人生は面白いといえる。
宗田理

美穂 10代 女

初めまして。私は高1で女子校に通っています。
私は中学校から女子校で男の子と話すことがありません。
というか小学校の頃は男の子と話すことはなんともなかったんですが、今は話す人もいないんですが話せません。
最近なんですが男の子とメールしたことがありました。その男の子とは別になんともなかったんですがどうもその子は私の学校の子と知り合いらしく、私の写真を見たらしいんです。そうしたら太っているとかヒドイことを言われました。
私はその人のことを見たこともないのに、なぜそんな事を言われなければいけないのかとショックでした。
そのことがあって学校にも行きたくなくなりました。だって私の写真を勝手に見せた人がもしかしたら同じクラスにいるかもしれないと思うと嫌です。
まだ学校は始まってませんがホントに悩んでます。
メールは相手がわからない分、怖いところもあることを実感したし、私はそれで今少し人が恐いです。

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