ボクラコム・メールコーナー

4月−3

ゆう 20代 男

宗田先生、初めまして。
私は今年三十路を迎える、先生の一ファンです。
掲示板等を見てみても、やはり10代のファンの方が多いですね。
それだけ先生の感覚が、若い人をとらえているのだと思います。
かくいう私も先生のファンになって早十数年。高校時代、友達に勧められ、初めて先生の作品を読み、衝撃が走ったことを忘れません。
これまで本など読んだことのない私が、それからは親から小遣いをもらえばすぐ本屋へ行き、先生の作品を手当たり次第に購入し、読みふけっておりました。
さてそんな私も、今は小学校の一教師として教壇に立っており、まことに微力ではありますが、子どもたちのためにがんばっている毎日です。
ただ今の教育界は揺れています。そこには地域のつながりの弱さ、親の教育力の低下、学校現場の多忙化、もちろん教師の力量にも関係しているように思っています。
同僚の先生たちも「子どもや親の質が変わってきている」と言っています。それが子どもたちの荒れ、果ては学級崩壊へとつながっているようです。(子どもや親や地域のせいにはしたくない、すべては教師の力量かとは思うのですが…。)
文部科学省の言っていることもわからないではないのですが、何か現場無視の机上の空論で話が進んでいるように思います。
たとえば総合的な学習の導入による、子どもたちの基礎学力の低下に対する懸念などがそうだと思います。
長い間『ぼくらシリーズ』などで教育に関して精通している先生のこと、きっと確固たる考えを持っていることでしょう。
もしよろしければ、ご意見など聞かせていただけないでしょうか。
乱筆乱文で物書きの先生にこのような文章では失礼かと思いましたが、どうしても一度ご意見をもらいたく、メールを送らせてもらいました。
私の勉強不足で、真意がよく伝わらないかもしれませんが、お許しください。
お忙しいかとは思いますが、ぜひよろしくお願いします。

小学校の一教師より。

追伸:健康には十分お気を付けになってください。今後も楽しい作品を期待しております。私は何歳になっても、宗田先生のファンです。

祐希奈 10代 女

らすかるさんへ
らすかるさんの言うことはもっともだと思いました。確かにそうだと思いました。らすかるさんの言う通り、1年でも1ヶ月でも平和が続いてくれればとても嬉しいです。世界中の人と手を繋いで歩いていける様な気がします。
「どこを平等にするか」と、らすかるさんに聞かれて正直迷いました。
「私は平等と訴えているけれど一体どこを平等にすれば良いのだろうか?」と。
でも思ったんです。私は「命」を平等にして欲しいんです。誰の命でも同じ高さにあって欲しいんです。
例えばの話ですが、病気なのにお金が無くて薬が買えない人がいるでしょう? そしたら誰かが薬を買ってあげる、あるいはお金を手渡せるようにしたいんです。
今は「人口の増加」が問題になっているけれど、1人の人生はとても大事だと思うんです。簡単に人生を終わらせられてしまう人と、自分の限界まで来て自分で人生を終わりにする人、どちらが幸せでしょう? 私は後の方が絶対に幸せだと思うんです。
自爆テロ、殺人、人質、強盗の事件に巻き込まれ命を落とした人が今までで何人いるでしょう? その人達はどれほど生きたかった事でしょう? 人の命がぞんざいに扱われる事が良い事でしょうか?
私は世界が平和であって欲しいです。でもそのためには初めに1つの国が幸せになり始め、リレー小説の様に続けていかなければいけないのです。そのリレー小説の中では「殺人」とか「テロ」とじか「監禁」などのみにくい文字が消えずにあります。その文字を消し始めることで世界は平和になっていくのだと思います。
らすかるさんの例えで「お給料」の話が出てきました。確かにそこは怒る所です。でもお金に対しての考え方は人それぞれだと思うんです。私は会社の給料のシステムがよく分からないので何とも言えないのですが……。
私は世界の中に自分とまったく同じ考えを持っている人は絶対にいないと思うんです。だから人と人とのいざこざがある理由は十分に分かります。
「考えが違う」、だからと言って人を殺したりして良いんですか? そんな人がまだ世界に溢れているのに1ヶ月、1年も平和が続くのでしょうか?
「平和が1年でも続けば良い」というのはあっているかもしれないけれど、まず平和になるために条件を付ける必要は無いと思うんです。
皆が期間を考えずに「平和になりたい」と願うのならば、世界の平和は永遠です。永遠に保つためには人々が「平和」を願わなければなりません。人々の信じる力が大切です。
個人的な意見ですが、私はずっと世界が平和でありたいのです。宇宙の中で1番ステキな星にしたいのです。世界に住む全員の人々に安らかな平和をずっと感じていて欲しいんです。
人々がもっともっと努力すれば“戦争”という字は消えるでしょう。その“戦争”という字が消えた時に「いつまでこの平和は続くのか」とビクビクして平和をすごすよりも、「やっと永遠の平和だ」と安心して誰もがすごす方が確実に気分が良いし、何よりも事実上、最も平和が長く続くと思います。
個人的な意見ですみません。でも私は自分の心の中の視野も広げたいんです。世界の中でなく自分の中でも――。長々と書いてすみませんでした。

らすかる 20代 男

祐希奈さんへ
何のために戦争のルールがあるんでしょう。
「戦争は無くさなければならない」、はい、その意見はもっともです。
「戦争のルールは要らない」、さて、その通りでしょうか。

今、この瞬間、戦争をしている国があります。私が生まれてからも、何度も戦争がありました。戦争は、まだまだ起きるんです。
今の世の中は、戦争の無い世界ではない、ということを前提とした上で、戦争のルールは必要か、不必要か、考えてみてはどうでしょう。
戦争のルールの中には、例えば捕虜の扱いも決められています。
無かったら、どうなるでしょう。
もちろん、ルールがあるからやってもいい、というのは間違っています。世界中が、戦争を無くすために努力しています。その間、戦争がなくなるまでの間、ルールは必要なのです。ある人が言っています。「恒久平和など私は信じていない。私が生きている間、私たちの子供たちが生きている間、ほんの数十年でいいから、平和であってくれればいい。しかし、そのほんの少しの間の平和こそが、人類を平和に導くのだ」だれが言ったのか、忘れました。でも、その通りだと思います。永遠の平和をまずは忘れて、1年間だけ、休戦協定を結んでみる。それが大事なのだと思います。

また、人は平等ではありません。でも、それでいいのです。なぜ、平等ではないのでしょうか。どこが平等で、どこが不平等なんでしょうか。では、どこを平等にすればいいのでしょうか。一つ一つ考えてみると、それぞれの国の考え方の違いもわかります。また、平等に関する自分の考え方もわかります。そうすれば、ものの見方も変わってくるんじゃないでしょうか。

例えば、共産主義国家を考えてみましょう。給料はみな一緒です。物の値段も一緒です。これは平等ですか?一見平等ですね。いい製品でも、悪い製品でも、値段は同じです。真面目に働いても、サボっていても、給料は同じです。さて、平等ですか?

どんなことにも、いろんな側面があります。1つの側面だけをみて論ずるような、視野の狭い人間にはならないで下さい。ちょっと話はそれますが、学校の勉強は社会にでて役に立たない、と言う人がいます。本当にそうでしょうか。
今は、まだわからないかも知れません。学校の先生もわかっていないかも知れません。
でも、学校の、一見役に立たない勉強が、この「視野」を広げることに大きな役割を持っています。学校の勉強を馬鹿にせず、しっかりやっておくと、後できっと役に立ちますよ。

祐希奈 10代 女

サオリさんへ
サオリさんの言い方は分かりやすく言い方もまったく悪くはありませんでしたよ。ただ私は「戦争なんかして何も得は無いじゃないか。」と勝手に世界に激怒しちゃっただけなんです。(^^;)
人の立場ってシーソーみたいなものに私達が立っているみたいじゃないですか?
例えばどこかの国の大統領とどこかの国の難民の2人をその「立場を測るシーソー」に乗せたとしたら確実にどこかの国の大統領の方に傾くと思います。そちらの方が「命の重さ」が重いからです。そんな事は無いのに。
どうしてそんなものが出来たのか。確かに私達の先頭に立ち、常にリードする「リーダー」が必要です。だからと言って人権を無視したり自分だけの意思で人の命の重さを測って良い訳がありません。「テロにルールは無い」それを聞いて「確かにそうだ」と思ったし何となく良かったとも思ったし悲しいとも思いました。
私は前に「戦争にルールがある」と聞いて「スポーツみたいなものななの?」と言いましたが、まだルールがあった方が良いのかもしれないと思いました。それこそ戦争の中で「スポーツマンシップ」にのっとり正々堂々と戦っている事になるのかな?と思ったからです。
テロにはルールがありません。「これをしたら退場」とか「これをしたら出場停止」などとのルールが無く人は「のびのび」と言ったらおかしいけれど、自由気ままにやっているからです。これほど怖いものはありません。私はテロ組織に入っている人に言いたいです。「そんなに世界にNO!という意見を押し付ける我慢の出来ない人間ならけして長生きは出来ない」と。この世界には何億人のいう人が住んでいるんです。
そんなにいるんだから意見があわなかったり自分の正しさが認められなかったりするのは当たり前なんです。それなのに自分が満足し、そして自分と同じ様な人を満足させるためだけにテロ組織を繰り返すのなら心の広さは2畳半ほどでしょう。

「自分の痛みを分かり、なおかつ人の痛みを分かる。心の広さを空よりも大きくする。人が何億人も入れる広さにする。いつまでも[平和]という言葉を忘れない。」これが私のモットーとなりました。テロ組織を見て考えを変えたのです。
色々な人が自分だけのモットーを持っていれば戦争なんておこらないでしょう。世界中の人が優しくなれる様になるのはもう少し先の様ですね。少し残念です。
「人の優しさはたった1oたらずでもたくさんの人に影響をあたえる事が出来るのです。人に[ありがとう]というのも優しさです。その優しさを皆が生かして生きるのが21世紀だ。」
これが新しい私のモットーとなり「私の辞書」に載りました。私は絶対に忘れません。人の優しさが時には巨大なパワーになるという事を。
祐希奈でした。

かのん 10代 女

ミナサンいっぱい考えてるんですねぇ…尊敬します。
私なんか毎日ボーっとすごしてるような感じがして…まぁいいか☆
☆時雨さんへ
悪口かぁ…私も結構いいますね〜。。。
でも、自分が結構好きめな友達だったら、何も言わず聞いてますね。たま〜に「ねぇそうじゃない?」とか同意を求められたらうちは「うちは別に嫌いじゃないなっ」て返します☆無理して悪口言ってちくられたら、それこそ、時雨さんも前の裏切られた友達と同じになってしまいますからね♪
噂も結構流されましたね・・まぁ事実が多かったから、私は流してましたね(笑)勝手にどうぞって感じで。
今、私は平和な毎日????を過ごしてるかどうかは分からないですけど、多少のことじゃくよくよしないって決めたから何も無い生活を送ってます!
まぁそのうち楽しくなるでしょうって感じで☆
時雨さんも頑張ってくださいね!くよくよせず、広い目でvV
☆あやのさん
私は今年から受験に差し支えのある学年になったので、結構高校の事とか考えるんですけど、やっぱり高行行ってなにやるんだろうとかはありますね。
皆が行くから行かなきゃならない、そんな感じで受け止めてますね;でもあやのさんは強いじゃないですか♪見習いますよぅ(^^)高校どうしましょう〜@@@
☆サオリさんへ
今まで見てただけなんですけど、はじめて発言させてもらいますね(^^)
私も戦争絶対反対です。アメリカの報復テロにも結構疑問が残りましたね。
やられたからやり返す、なんて幼稚な事なんでしょう。人の命を奪って何になるのか?不思議ですよね。
まだ世界には戦争がありますよね。休戦中ですけど、北朝鮮と韓国には軍事境界線がありますよね。私はコレカラ詳しく習うから良く分からないんですけど、休戦中=いつかはまた戦争が始まるんでしょうかね?戦争する気がないなら、境界線をなくせばいいのに…。私たちが大人になるころには、戦争がなくなってればいいのに。もしなくなっていなかったら、私たちの手でなくそう。夢ですね☆世界が一つになる日はいったいいつでしょうね。

サオリ 10代 女

コンニチハ!!サオリです。
時雨さんに。
前からいろいろとメールを読ませてもらってたのですが…。
大変ですよね〜女子の友達関係って;;;私も色々悩んだ時期だらけでした。
悪口ですか…悪口だけは言わないほうがいいですよ。いざというときに、信用が無くなるかもしれません。っていっても、やっぱり女子って悪口を言いたがるんですよねぇ〜何ででしょうね。なんか、大体悪口言ってる時とか分かるじゃないですか。傍にいてたら。自分のことじゃないんだけど…なんかすごく気分悪いですよね。ってか、気になりません?だって、人を傷つけるなんて、してはいけないことじゃないですか!!
私も、私と一緒にいる子はよっぽどのことがない限り人のことは言いません。人のことど―のこ―の言って、その子にばれて仲が悪くなるのが嫌だから。
でも、すっごい悪口の好きな子とかいますよね;;;そんな子たちがそういう風な話を私にしだしたら、私は適当に「そうなん?」とか「ふ―ん」とか言って、直接は言いません。そうすれば「サオリが…のこと、こんなに言ってたで」なんて言われることはないでしょう?それか「ちょっとまって!!今究極にお腹痛なってきた!!トイレ行ってくるわ!!」(笑)とか言いますね(^-^)でもこれは2回が限度ですね;;;怪しまれるんで(笑)
…参考になればいいですが…ならないかも;;;すみません。
もう新学期もスタートしました!!頑張ってくださいね。
サオリでした。

氷魚 10代 女

あやのさんへ。
私も今、高校2年生になったばかりです。
高校生活は楽しくて、でも勉強や部の友達関係や先生の好き嫌いなど、悩みはやっぱり絶えないような気がしています。
私達に柔軟なものの考え方、自主性自立性を説きながら、自分は古い考えに拘り、茶髪をすぐに批判してスカート丈の短い女子高生を怒る。理不尽だとは思います。でも、私達は今、自分でこの道を選んだことを忘れないで。高校時代は、私達「旅人」にとって「街」の1つなのだという話がありました。
夢に向かって続く道の途中の「街」です。その街では、髪を染めてはいけないし、勉強をしなくてはいけません。理不尽かもしれませんが、街がそう決めて、旅人達はそれを守ることで滞在できます。
だけど、どうしても嫌なら、出ていくことができない街ではないと思います。夢に近くなるか遠くなるかはわかりません。でも、自分で選ぶことはできます。今苦しいのなら、少し休んで、自分や周囲を見つめ直すのもいいことだと思います。私の中学の友達に、1・2学期全く学校に来ず、3学期だけは毎日登校し、定時制ですが高校に受かった人がいます。今、毎日が充実しているそうです。
たまには立ち止まって考えてみませんか?
「街」の話をしたのは、私の学校の校長です。話下手で、話の最初と最後では絶対話題が変わっているほどです。それなのに無駄に長い話をする校長です。でも、この話には考えさせられました。誰しも違う面はあると思います。焦って結果を出して後悔するより、悔やまない道を選びたいですよね。
同じ高校2年生として、応援したく思ってメールしました。

時雨 10代 女

今日和☆
*あやのサンへ―――。
私も、自分が何のために生まれてきたのか、何でこんな私がこんな世界なんかにいるんだろうとか考えたことありますよ→っ☆確かに、すっごい悩みますよネ。考えても、答えなんか出せないです。でも、やっぱそれにはそれなりの意味とかワケがあると思います。

あるマンガの言葉なんですが―…。『世の中に偶然なんかない。すべて、何か意味がある』
、みたいなことかいてあったんですよ。
コレは、私は、そんな根拠とかないけど、ホントのことだと思います。表からじゃ全然分かんないけど、実は、その裏で何かしらつながっている…・・って感じですか。だから、自分はそのことは起きない方が良かったって思ってても、後で何かそのことで勉強になったり、今度からは注意しようとか思えたり、どこかためになったり出来ると思います。つまり、すべては偶然なんかじゃなくって必然なことばかりなんですヨ☆

だからだから、あやのサンがマネージャーしてることだって、バイトしてることだって、友達のことで悩んだりしてることだって、すべて!!!必然なことばかりなのですっっ!!!!!!!
(私的に言えば、運命、って事でス。。。)何でこんなことしてるんだろ、とか、こんな私は何のために生まれてきたんだろう、とか、そんなこと考えてもキリがありませんっ☆★☆すべて
必然なこと。私が生まれてきたこととか、今何をしてるとか、絶対に意味がありまス!!!(力説)今はまだ分かりません。大人になった時…・・。ああ、そー言えば…なる程、確かにそうだ…・・みたいなコト、絶対あるから!!!そんなに悩まないで下さいネ。。。
私は。あやのサンがその壁を乗り越えられる様に応援してます。頑張ってくださいネ!!!
またお悩みあれば、こんな私ですが、一生懸命考えて答え出して、少しでも役に立つ様なアドバイスなどしていきたいな〜と思ってます。

時雨でした。。。

睡蓮 10代 女

宗田先生初めまして。新聞のコラムを読んで、このホームページを知りました。
私は高校1年生になりました。でも、その高校が窮屈です。
私立なんですが縛られているような気がするんです。制服も、靴も、学校も全て。
『高校くらい自分でしっかり選んだんだろう?』なんて言われてしまうかもしれませんが、今入学した高校は本当は行きたくなかった場所です。(第一志望に落ちてしまったので)。
「勉強しなかったのが悪い」って言われてしまいそうですが…。
言い訳臭いかもしれないけど、半鬱状態で中学校生活の2年間を過ごしていました。
転校した学校が合わないなど、いろいろありました。
昼間は自分の感情をぐぐぐっと抑えているんですが、夜になると爆発して過去の様々なできごとが浮かんできたりするので、遅くまで寝ることが出来ず、昼と夜が逆転していました。
3年の後半からは学校にも行かなくなりました。本当に友達。っていえる友達もできませんでした。(転校する前の学校の友達とは今も会ったりしていて仲がいいです。)
今の高校が中学の延長になっている気がして、もう嫌になってしまい、毎朝気持悪くなります。
高校を退学して、単位制の学校を受け、昼間はバイトして働こうと思っています。
自主退学するなんておかしいですか?
母親に退学してもいいか?ときいたところ、「この金食い虫め!だったら出てけ。」
と言われました。
退学したいなんて私は、都合のいい奴ですか?馬鹿ですか?やっぱり私がこんな風に生きてるからだめなんですか?
長々とごめんなさい。
また、新聞のコラム楽しみにしています。

U 10代 女

はじめまして。
今日「ランドセル探偵団」を買いました!! 読むのが楽しみです☆
私はミステリ小説が大好きです♪(もちろん。他のタイプの小説も)
そんな私は将来、作家になるつもりです。
2年くらい前から小説を読んで、自分で物語を作ったりするなんてステキだな。
と、思って長編や短編の小説を書いています。
2週間前からはメルマガで自分の小説を発行しています。オリジナル・ストーリィといいます。

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