ボクラコム・メールコーナー

4月−4

彩加 10代 女

>かりんさんへ。
お久しぶりです。かりんさんの質問でどうして合格証書を破いたかというと父と母に、「私は学校に行くのがつらいんだよ。学校がイヤなんだよ。」って言葉で表せないので態度・行動で伝えようとしたんですけどやっぱり父も母もその私の訴えが通じなかったかもしれません;

>祐季奈さん、かりんさんへ。
私は中2になってクラス替えをしました。私を無視したりしていたグループの子たちもばらばらになり、私はそのなかの1人とクラスが一緒になりました。最初はびくびくしてまたなんか言われるんではないかと思っていたんですが無視などもされず変な感じです。
やっぱりばらばらになり、1人だけだと何にもできないんですよね。人間というものは。そのことを強く思ってしまいました(が、これはあくまで私の考えで、そう思ってない人はごめんなさい。)だけどグループのリーダー的存在だった人と廊下などですれ違うと
「バ〜カ」とか言われたりにらまれたりします;;
今私は新しいクラスの新しい友達をもっと作ろうと励んでいます!

あやこ 10代 女

宗田先生、初めまして!あやこです。
もー、宗田先生の作品にどーーーーーーっぷりはまってます。
中でも、ぼくらシリーズがだーーーいすきです。
今日は、宗田先生に質問があって・・・・。
半年前、図書館に行ったら、『奇跡売ります』(読売新聞社)の本がありました。
その本は、この間出た『奇跡売ります』(徳間文庫)と同じですか?
教えて下さい。
あやこさん。
それは全く同じものです、はい。
ボクプロ

T 10代 男

1年ぐらい前にチョコチョコっとメールをしましたがTといいます。小学校2年まで埼玉に住み、高校までは北海道にいましたが、現在は京都にいる一風変わったアホです。
さて、はじめに言っておきますが、俺は今までの読者のように(全員がそうだとは言いきれないが)宗田さんをベタ誉めしたりなんかはしません!むしろ、好きな人の為に本心を言います。
いつも小説を読んでいますが「新ぼくら」には、もの足りなさを感じています。小学校の頃から読みはじめ、気がつくと大学1年です。時間の流れが自分を変えてしまったのか?と思ったりもしましたが、最近の小説は力が薄れてきているような気がします。
それでも数が少なくなったものの『ぼくらの力』のカケラを感じることが、まったくないわけではありません。
しかし、宗田さんには常にボクラに力を与えてくれる良き先輩であって欲しいのです。そして、今の宗田さんはソレが出来なくなってきてるように感じます。
その最大の原因は『現実を知る機会が少ない』ということだと思います。
以前は自分の歳が近ければ近いほど、少年少女の気持ちをリアルに表せたと思いますが、常に進む世界でそれを続けるのは大変難しいことです。そして、IT等の情報化社会によるすさまじい変化。これでは、少し前に常識とされていたことが非常識になるのは、あっという間です。その為、多くの大人は現実を知りません。その為、社会では大人と子供が双方を見失い、ただ表面化の会話しかされていません。こんなことが続くうちに子供たちは力を失い、いつかは力の存在そのものが忘れられていくのではないでしょうか?

さて、長々と宗田さんに文句を言いましたが俺が言いたいのは文句ではなく、もう一度力を与える者として力をあてえてはもらえませんか?
生意気なTより

朧 10代 女

こんにちは。久しぶりにメールコーナーに来ました。
最近、他国の方達と接する機会があり、日本のことを話していて、今年から始まった週休2日制のことが話題にのぼったのですが、不満の声をたくさん聞きました。
最近の日本人の、学力低下問題を結構テレビで騒いでいたのに対し、週に2日も休んでいいのか? ということです。
僕自身、勉強が出来ないやつなので、この話題にはうなずくくらいしかできなかったんですが、やっぱり学力が下がっているというのは、問題なんでしょうか?
それに、週に何日も塾に行く人達にとってこの休みは貴重(一時、勉強を忘れゆっくり休める時間)だと思うんですが、どうなんでしょうか? 最近の学校問題は難しいですね…。

蟻 20代 女

宗田理先生、はじめまして。私は新聞に掲載されていた「ぼくらはどう生きるか」でこのHPをみつけました。失礼な事とは思っているのですが、他の小説は読んだことがありません。ただ、「生きる」ということがそう簡単な事ではないこと、先生の書かれた内容やHPから抜粋され掲載された内容には読む度に考えさせられます。

>睡蓮さんへ
昼間は感情をぐぐぐっと抑えている事によって昼夜逆転の生活になり、学校にいかなくなったそうですね。私も同じ体験をしました。自分を表に出せない事、眠りたくても眠れない辛さなどから焦燥感を感じ、抑うつ状態になりました。そして、学校へも行けなくなりました。いつも死について考え、自殺も試みました。
時間が経って学校へ行かない間に自分の存在、生きている意味を求めました。色んな人と話し、本を読みました。でも、生きる意味はみつけられませんでした。そして、だから生きているのだと思うようになりました。
自主退学はおかしなこととは私は思いません。そういう選択も有りだと思います。
睡蓮さんのお母さんの言葉は、睡蓮さんにとって辛い一言だったのではないかと思います。でも、睡蓮さんは睡蓮さんの望むように生きていいと思います。無責任と思われるかもしれませんが、一人の人間として生き方を選択しようとしている睡蓮さんは凄くエネルギーがあると人だと思います。
親がいるから子どもはいるけれど、成長過程においてもう親の下にいる時期ではないのかもしれません。それは、自立ともいえますが、今、大切なのは「自律する」ことのように思います。
睡蓮さんは都合のいい奴でもないし、馬鹿でもないです。真剣に生きることに真正面から挑んでいるのだと思います。だから、自分を卑下しないで下さい。
それから高校に行くということが自分にとってどんな意味があるのか、何を求めていくのか、しっかり考えてみましょう。学校は勉強だけする所ではないです。人との関わり方、生きていく知恵など経験でしか得られない事も多いはずです。そのために、自分は今までと比べ、何を変えていかなければならないのか、自分を知ることも大切だと思います。
焦らないで、今の学校でも今から自分を少し変えてみましょう。そうしてみても駄目だと思ったら退学も考えていいと思います。
偉そうに書いてしまったけれど、私は睡蓮さんが生命の豊かさを感じ、目を輝かせている時間が今よりも少しでも多く過ごすことができればいいと心から思っています。
生きることは、ほとんどが辛く悲しい時間かもしれないけど、だから他人から見たら些細な事も自分にとって幸せな瞬間と思えると私は思っています。
頑張れとは言えないけれど、睡蓮さんのペースでこれからを生きて欲しいと思います。

かのん 10代 女

久しぶりです☆
この頃忙しくて全然ココ来てなかったですよ〜☆
ちょっとした悩みが出来てしまったのでこさせてもらいました!
えっと、この4月から中学2年生になって先輩と言う立場になったわけです。部活にもたっくさんの1年生が入ってきてくれたんですね。
そこで悩みなんですけど、ある1年生がまぁ私たちに向かってタメ語なんですね;最初はそこまで気に留めてなかったけど、友達に「やっぱり1年生は敬語のほうがいいよね」って言われてそうだなぁって思って。この場合ってやっぱり言ったほうがいいでしょうか?
あと、1年生が朝練とか結構遅刻するんですね。これも言ったほうがいいんでしょうか。
今の3年生はそこまで言う感じじゃないんですね。
でも前の3年生の先輩が結構「遅いよ〜」とか言ってくれたんですね。
去年の今頃、私の中で「先輩は怖い」ってイメージがあったから(今は平気ですけど)
最初それ言われたとき結構自分が悪いんだけど、その先輩に恐怖感が出ちゃって。
だから、出来る限り言いたくないんですね。
これは先輩としてダメなのは分かってるんですけど、やっぱり去年の事考えると、そうなっちゃうんですね。
今日も朝練があったんですけど、1年生大半がおくれてきたんですね。その時はもう「〜だからね〜」くらいで終っちゃって。やっぱり言うべきなんでしょうか? もし言うんだったら、なるべく1年生に〔恐怖感〕を与えないような感じのいいかたないですか? 
教えてください!お願いします。

あきら 10代 女

>あやのさんへ
ちょっと気になった内容だったのでメールしています。
何であたしが生きてるのか、あたしが何故何のために生まれてきたのか、こういうのはちょっと思ったことがあります。
あたしは生は必ず何かしら授かったから理由があって、そのためにあたしは生きてると…でも、その『理由』なんてものは自分で探してみても考え付かなくて…考えついてもはたしてそれが理由なのか不安になってしまう…まるで自分は誰からも必要とされてないような…自分の生きている理由なんかない気がしてしまう…

でも、ちょっと考えてみると、80まで生きてるとしてあたしはまだ人生の半分も生きてないし、まだまだ先がある。未来がある。
今が存在している理由を知らなくて、あやのさんは不安になって立ち止まってるのだと思いますが、『理由を探すため』に今を生きてるのではないですか? まだこれから理由が見つかるかもしれないです。
自分じゃない誰かに『あやのさんを必要としている』人にめぐり合うかもしれない。
それにこれから何か自分にとって必要としている人が出てくるかもしれない。
そんな人が現れたら、ちょっと照れくさいかもしれないけど、『あなたを必要としてます』といいたい。あやのさんも何か生きてる理由がなくて立ち止まっているのだから、もしそういう人がいたらそういってあげてください。

ED 10代 女

こんにちは。宗田先生の21日の日記の感想です。戦争中の国へ行ってしまった男女の話ですが、私も最初はっきりいって恥だと思いました。ずっと旅行してたとはいえ各地で話題になってるニュースとか耳にするだろうし飛行機の機内とかで普通にニュースが放送されることを知ってるから、ホントかー?!って思ってしまいました。
さて、ブラックジョークの件ですが、どうでしょうかね。やっぱり冗談じゃなく本気で本人達は戦ってるわけだからそれはひやかし・中傷の部類に含まれるんではないでしょうか。
ただ、私は良く、自分が戦時中に生活してる夢を見ます。それは凄い怖い夢で実際のところは、ホントにあんな感じなんだろうか。と思うことがあります。本当の戦争はもしかしたらそれ以上かもしれないとも思います。
戦争を体験してる人達は心から世界の平和を願っていると思うけど、未経験の私はあまりそれに対して強い願いがないというか、戦争というものがあまりにも漠然としていてそういう感情があまりうかんできません。(でも絶対戦争はイヤだとは思うけど…)
でもホント戦争体験ツアーって…。しかも命保証しません、とかって怖いですね。
でも、もし自分の命なんて必要ない、生きていても意味がないと思って自殺なんてしようとしてる人がいたら、その地域に行って命の尊さや無駄にしてはいけないことなどを体で感じてみるのも悪くはないのでは? でもホントに死んじゃったらシャレになんないですけど。

葉 10代 女

皆さんは、パキスタンと言う国を知っていますか? アフガニスタンの隣にある国です。
私の学校の公民の先生がパキスタンとアフガニスタンの境にある一つの山にいったということを教えてくれました。先生が言ったのは一年半前。その頃は、みんな笑っていたそうです。国境だから兵隊サンもいるけれど兵隊の人はにこやかで微笑みながら、子供達と話していたりしたそうです。今は…?みんな笑いを忘れてしまったよう。パキスタンはアフガニスタンの難民全てをかくまえるわけではなく、安心できる所をさがすアフガニスタンの人々は、入れないらしいです。

どう思いますか? 先生は言ってました。「悲しい。凄く美しかった場所が、みんなが微笑んでいた場所がなくなってしまうから。」

私は、第2次世界大戦は悲しい悲劇だとは思いますが、あってはいけなかったとは思いません。むしろ大切な事だと思うのです。あの時は、原爆の威力は広島・長崎をジコクにするくらいだった。今は、3個もあれば地球を壊せると言います。恐くないですか? それに、その時にどれだけの悲しみが、苦しみがあったかわかったはずなのです。
しかし。内戦が今でもあり、アフガン・アメリカの問題。もしかすると、アメリカ・カナダの問題もでてきそうなのです。文がぐちゃぐちゃですが、皆さんはどうかんがえますか? 教えて下さい。

ひかるげんじ 10代 女

睡蓮さんと同じように、私も第一志望の高校に落ちて、私立に行っています。クラスの中で友達を作るきっかけを逃し今は何をするのも一人の状態です。中学のときも一人だったのでなれたのかもしれません。私は今の学校には絶対行かないつもりできたので、気持ちはすごくわかります。
私は塾やピアノ、そして、テキスト代が中学のとき、ものすごくかかり、おまけに落ちて私立なんて…と思い、親に自分は金食い虫だ!親にばっかり迷惑かけて…とホントに落ちたら私、死ぬからね!とまで言ったほどです。
親友はわたしの行きたかった学校にすべて行けたのでうらやましくて、いつもいつも私ばっかり…そんな毎日です。退学も今、考えています。でも外からみれば早すぎる結論になってしまうのです。
だから、今、私が考えているのは、努力して、何か見つけて親を安心させれるくらいの何か大きなことを私の場合、趣味の領域で何かやってみてからにしたいと思っています。私立でかかった分のお金を自分で返せるくらいに…。それまでは、我慢します。本当は<自分で学校を楽しくすればいいんじゃないの?>と思う人や<努力不足>とか色々あるかもしれないけれども、これが、私の出した、精一杯の結論です。

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