| サオリ 10代 女 コンニチハ!!サオリです。 祐希菜さん、かのんさん、いろいろとお返事ありがとうございます。すぐに書き込めなかったのは、実は前に書き過ぎてネタがなくなっちゃったんですね(^^; すみません。 「世界がひとつになる日」きっと来ます。絶対に。それが明日かあさってか、一年後か十年後、もしかしたら百年後になってしまうかもしれないけれど、絶対に世界がひとつになる日は来ます。来ると信じています。それには何千、何百という人の血が流れてしまうかもしれないけれど。信じなくちゃ、きっかけがあってもつかめなくて、結局逃がしてしまうと思います。それは絶対に嫌だから。 「自分の痛みを分かり、なおかつ人の痛みを分かる。心の広さを空よりも大きくする。人が何億人も入れる広さにする。いつまでも[平和]という言葉を忘れない。」「人の優しさはたった1oたらずでもたくさんの人に影響をあたえる事が出来るのです。人に[ありがとう]というのも優しさです。その優しさを皆が生かして生きるのが21世紀だ。」いい感じですね!!こういう考えかた大好きです。 >葉さんに その公民の先生は、とってもいい先生なのでしょうね。 私自身、社会科の先生がすごく尊敬できる人で、いろんな話をするのですが。 第二次世界大戦、日本がかかわったのは太平洋戦争ですよね。私もなければよかったなんて思ってはいません。今の日本があるのは、この戦いがあったからなのですから。でもこの戦いのせいで失ったものはとてつもなく大きいと思います。それはモノじゃなく、土地じゃなく、人ではないのです。「日本人の心」といえば一番近いと思うのですが。歴史に「もし」は無いのだから、一つ一つの真実を受け止めていかなくちゃなって思ってます。なんか文章変ですね;;;すみません。 これから書くことは、葉さのメールと少し関係があるんじゃないかと思ったので書き込みます。祐希菜さん、かのんさん、そして皆さんにも読んでほしいと思います。もちろん、葉さんも。 今、世界中から日本に求められている役割はなんだと思いますか??? 軍事面、非軍事面での世界の平和と安全に尽くしてほしいと思われていますよね。 軍事面って何!? って思ったんですけど、結構簡単なことなんです。「自衛隊の派兵」。「派遣」というのは、どこかの国へ行って、どこかの国と一緒になって戦うことみたいなのです。でもそれは憲法(たしか)第九条でダメ!!です。一方「派兵」というのは、戦争中の国へ行って、「もうそろそろやめとけよ」とか言いに行くって感じです。それはたしか認められてたと思うのですが。 じゃあ、非軍事面とはなんでしょうね? 今までは物とお金を与えてほしかったのでしょうけど、今、この時代は何を求められているのでしょうか? 「人」です。ボランティアが今一番求められているものだと思うのです。 募金をした、そしてその国に学校が建った。そこで勉強を教える人それがその国にはいない。だからそこで教えられるほどの人がいりますよね。 水がほしい。そこでは水が飲めなくて亡くなる人が一日に何千人という人がいるから。だから井戸を掘る。水道をつける。そういう技術者を求めるんです。それには決してお金は出ません。ボランティアだから。 もしかすると、私が社会へ出て行くとき、就職口が無いかもしれません。無い確率のほうが高いんですね。現実問題。でも就職は高校、大学を卒業してからすぐじゃなくてはいけないなんて決まりは無いじゃないですか。だから、精一杯の知識を詰め込んだら、海を渡りたいんです。そこで、大きく目を見開いて、たくさんのものを見て考えたいんです。それが私たちの役割だと思うから。就職は、それから後でも遅くは無いと思うんです。その後のほうが、仕事をする意味を見つけられるはずだから。 でも親は反対するでしょうね。 私の言いたいことが伝わっていれば嬉しいです。長々とすみません。 また書き込めればと思います。 サオリでした。 |
| M 20代 男 いつも宗田先生の本を楽しく読ませて頂いています。先生が出された『雲の涯』(角川文庫)を読み、ふと、太平洋戦争の時代に僕の住む和歌山県はどうだったのだろうと考えて、早速、図書館で色々と読んでみました。 和歌山県は国土の70%以上が山林で、都市なく、あまり空襲や戦災の被害は受けていないのではないだろうかと前々から思っていました。また、太平洋戦争というと長崎や広島の原爆、東京、大阪の大空襲が有名だったので、和歌山は都市部の疎開先だろうと思っていました。 しかし、「和歌山県の空襲(中村隆一郎著 東方出版)では、和歌山に多大な被害をもたらした大空襲の主な理由としてあげられるのが、その地理的要因である。 和歌山から東南に進むと小笠原諸島の硫黄島がある。その先をそのまま東南に行くとB29の飛行場であるサイパンとぶつかる。硫黄島で角度をかえない限り、そのまま和歌山へと到達する。また、紀伊水道は潜水艦や艦隊の格好の侵入口である」と本にはありました。 和歌山は空襲だけでなく、艦砲射撃での犠牲があるのを初めて知りました。爆弾の投下理由も大半が、天候により大阪の軍事基地への場所が分からないため、臨時的な投下であったり、誤爆であったり、とんでもない理由です。 中でも一番驚いたのが、群集が集まっている時をねらった事です。狙う目標がないために、より人の集まっている所に爆弾を投下したのです。 本では、爆弾を投下した場所も死んだ人の名前も具体的にかかれており、知っている場所や人の名前だけに、とても身近に感じました。 今回、先生の本を読む機会がなければ一生、和歌山県での空襲の話を知らずに過ごしていたと思います。ありがとうございました。 これからも健康にお気をつけてお仕事頑張ってください。 |
| かたつむり 10代 女 私は高3の17才です。 私は吹奏楽部に入っていて、自分で言うのも何なのですがそちらの方では有名な学校です。 私は『吹奏楽の強い四大』に行くか、『プロになる為に音大』に行くか迷っています。 私は小学校の頃から楽器をやっているので、音楽以外の事はやった事もないし、興味がありません。 でも音楽の世界にどっぷりつかりたい訳でもないのです。 プロになる自信もないし(;_;)なので、悩んでいます。 うちは母子家庭なので、金銭的にも私立の音大は難しいのです。 もうそろそろ進路を決定しなければいけないのに…。 |
| あやの 10代 女 >かのん・時雨・氷魚さんへ 心強いお返事ありがとうございました。 また、御礼をするのが遅れてしまったことを深くお詫びしますm(__)m 皆さんの意見や励ましの言葉を聞き、自分自身考えた結果、答えに一歩近づく事ができました。今までの私は、悩みばかりが増え続ける一方で、なぜ自分が、何のために悩んでいるのかさえ分からずにいました。チリひとつ掴めない状態だったのです。しかし、悩みに悩んだ末、やっと手応えのあるモノを掴むことができました。 きっと私は、私が私であるという証が欲しかったのだと思います。 人生を自分なりに深く考えたとき、私は自分が、己の意に反した大きな流れの中にいるのではないかと思いました。私は今まで「皆がやっているから私もやる」といった思考で他人の意思に従い、時には流されていたからです。そこまで考えたとき、私はこれまでの考えを否定しました。 自分が自分の意思でこの道を選んだわけじゃない事や、自分は流されているのだという事を認めたくなかったからです。だから私はあらゆる出来事に理由を求めました。自分が、自分でこの道を選択したという理由を求めるようになりました。 悩みの発端、そして理由が分かったのが、今回の一歩です。 時雨さんが教えてくれた『世の中に偶然なんかない。すべて、何か意味がある』といった漫画の台詞。氷魚さんが教えてくれた校長先生のお話。かのんさんからの励ましの言葉。とても支えになりました。本当にありがとうございましたm(__)m |
| tak 20代 男 >祐希奈さんへ 私もずっと世界が平和でありたいと思っています。 祐希奈さんが「自分の心の中の視野も広げたい」と書いていたので少し語ってみようと思います。 私はいつも何か起こったことに関してまず考えます。とことん考えます。 例えばそれが何かの事件のとき。被害者、加害者、両方の立場で考えをシミュレーションしてみます。 これは全くの自分の空想なので、まず人に言うことはありませんが^^; テロのときも私はいろいろと考えました。 何も関係のない被害者の事、たぶんこちら側の考えは祐希奈さんとあまり変わらないと思います。 それで問題なのが加害者側。 まず、はっきり言って自分の中では絶対許せないと思っている事を言っておきます。 ここで私が考たのはなぜテロを起こしたのか?ということ。 その考えた中にこういう考え方があります。 「自分たちの平和を勝ち取るため」 こう思ってテロを起こしたとしたらどうでしょう。 はっきり言ってさっきも言ったようにどんな理由であろうと許すことはできません。 でも、彼らも平和であることを願っているのではないのでしょうか。 祐希奈さんが「皆が期間を考えずに「平和になりたい」と願うのならば…」といっていたように彼らの「平和でありたい」と願う結果がテロだとしたら。 ここがやっぱ難しいところですよね。 今の世の中ではすべてが平和であることなんて無理なんでしょうか? 結局自分にできることはあるのだろうか? こんな風にいろいろと考えて最後にはいつも自分の無力さが思い知らされます。 乱筆乱文ですみませんでした。どうも文章を書くのって苦手で…。 |
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