| 祐希奈 10代 女 『子どもたちの戦友』が昨日に届き今さっき読み終わり、このメールを書いています。 真次達はあの戦争中にどう思ったのだろう?と心の中にこだましています。もし私だったら――あの時に何を思い何を感じたのでしょう?というか私があの時代を生きていたらきっと死んでいたでしょう。 あの時代に比べると私達には随分Fightがないものだなと実感しました。あの頃ならスイカを盗んだり島でキャンプをしたりとしたはずなのに、今の私達にはそんな事する気も起きないし、やる勇気も無いのです。真次達から比べると私達はやわなもんなんだなぁと思いました。 今、私達の周りには「物」 で溢れています。欲しいと思った物を手に入れるのはもう簡単になってきて、私達も不思議には思わなくなりました。そこがいけないのかもしれません。今の私達は自然が何かを起こさないかぎり(地震など)安全です。 戦争もしていない、内戦も無い、国の中で残酷すぎる事件というのも無い。つまり 「平和」なんですね。だから互いに命を助け合うというのも想像出来ないし、何か物が無くなったら分け合うという事もあまり目にかかりません。 確かに戦争がなければ平和だし、人々も命を落としません。何もかもがうまくいくはずなのに…。どうして私達にはFightがみなぎらないのか。どうして下へ下へと落ちていくのか。どうしてこの世代で世を外れるのか。そこにはやっぱり「平和になったから」という大きな事情があるのかもしれません。 平和になるのは良い事なのに、皆が幸せになるはずなのに。戦争は終わりました。日本の中で。でも、平和だけれど政治は乱れたり罪の無い人が殺人者によって殺されたり、まだ10代なのに麻薬の道に走ったり、10代で起こすとは思えない殺人を起こしたり――。これは平和になってから表れはじめた問題です。 平和になると人はたるんでくるのかもしれません。でも戦争はしたくない。私はあの爆弾が真次たちの工場に落ちた時のシーンが目に浮かぶようですごく怖いと思いました。 右足が皮膚でやっとこさ繋がっている女教師、自分の手首を持って呆然とする女生徒。見たはずも無いのに目に焼き付いたようでたまらなくなります。 今の私達、死んだような目をしているのかもしれません。なぜかって言えば刺激しあえるものが無いから…でしょうか?自分自身でも良く分からないのです。 ちょっと頭の中がぐちゃぐちゃになってきました。(^^;)>昔と同じ様な環境だったら私達の瞳には希望の色が溢れるのでしょうか?前田先生の様な先生が1人でも多くいれば「登校拒否」という文字は消えるのでしょうか?今だ結論は出ていません。私の中でも――多分、他の人の中でもその答えは出ていません。 これから探していくべき物なのです。そして私はこれをいつまでも追及し続けていかなくてはならないと思いました。 真次がお爺さんになった時、こんな事を最後に言いましたよね?「日本だけが幸せになってはいけない」って。ああ、そうだ!そうなんだ!って私は我にかえったんです。日本だけ幸せになって何がある?全世界が幸せにならなきゃ――って。でもそんな事したらよけい死んだような目をした子供達が増えるだけでしょうか? 今も戦争をしている国、イスラエル。その国の子供達はとてつもなく明るくどんなにツライ状況であっても笑っています。そして戦争時代の真次達。「希望で輝いた瞳」になる為には何が必要なのか?その答えの結論を出すために今日も私は本を読もうと決意するのでした。 以上、感想とさせていただきます。 日々昇進する予定です。。でも「戦争」というテーマについてまだ私の中で答えは出ていません。 まだ知識が足りないのでしょう。もっともっと学び、考え、そして物事に触れていく事で答えを近いうちに出していきたいと思います。 執筆が終わりましても先生にとってはまだまだ忙しい夏でしょう。暑さにお気をつけて良い夏をお過ごし下さいませ。 |
| M 10代 男 ぼくらシリーズはいたずらを先生などにしているのでおもしろいです。 それからぼくらでは先生になった英治が生徒にいたずらをしているのでおもしろいです。 2A探偵局もいろいろ事件があり、おもしろいです。 |
| N 10代 女 ぼくらの悪魔教師は楽しく読ませていただきました!ぼくらシリーズは全巻持っています。 宗田先生、お仕事がんばってください。特命教師、期待してます! |
| M 20代 男 1私が中学生の時に、「僕らの七日間戦争」を読んでから、宗田先生のファンになりました。あれから10年以上たったけど、ずーっとファンでした。私が買った小説は、この10年間宗田先生の本だけです.(良いことか悪いことかはわからないけど(^^;)これからも面白い小説をよろしくお願いします。 |
| SY 10代 女 こんにちは。私は今年高校1年生になりました。 私は、宗田さんのホームページを見るのが結構楽しみなのです。 こんな事はムリなのかもしれないけれど、私としては、宗田さんに『新・ぼくら』や『2A探偵局』の新作をもっと沢山出して欲しいです。 どうぞ、これからも沢山の本を出していって下さい。そろそろ「特命教師」の3章も…。 待っています。 |
| K 10代 男 こんにちは。僕は宗田先生のファンの一人です。僕がぼくらのシリーズと出会ったのは2年前です。それいらいとてもはまって毎日読んでいます。はやく新刊がでるのを心待ちにしています。 |
| T 20代 男 ぼくらシリーズを読みだしたのが高校ぐらいからで全シリーズを読んできました。 なかには感動で涙が流れたことがあります(特にコブラ記念日)。 小説が発売されるのを凄く心待ちしています。 |
| そら 10代 女 初めまして。私はこの間初めて「ぼくらの七日間戦争」を読みました。 本当におもしろくて、うらやましくて、そして、それと同時に学校や勉強について色々と考えさせられました。「いい子」ってなんなんだろう、とたくさん考えました。 そして私は学校の先生とかは「いい子」っていう言葉を「成績のいい子」って意味で使ってるのではないかと思いました。高校に行くでも、なんでも大人達が一番重要視してるのって成績ですよね?それを考えたら「いい子」=「成績のいい子」としか思えないんです。でもそれってなんだかずるい感じがするんです。そして、いちばんイヤなのは先生とか親戚とか親とかが、みんな私の事を「いい子」にいれちゃってることなんです。 私は将来やってみたいことがあるから、勉強してるだけなのに。なんだか、それって大人の決めた枠に入ってるみたいですごく嫌なんです。もちろんだから勉強をやめようとかは思いません。ただ大人からいい子の一人として見られるのが、今受験でいろいろ考えてるせいもあるのかもしれませんが、嫌なんです。どうして大人は子供をいい子悪い子に分けたがるひとが多いのでしょうか? |
| コー 10代 女 初めまして。コーです。 高校に入ってから、クラスになじめないから学校に行くのも一苦労だけど、こうなったら、絶対クラスになじんでやるぞ、と決意して3ヶ月ぐらいたった今、夏休みだからいいものの、こういう日が続くと学校・・・2学期から行かないかそれとも行くか、揺れてきています。 でも、1学期の間に生徒会に入ってしまったから、行かざるを得ません。 だから、自分なりに頑張っていこうと思います。 なので、先生も頑張ってください。 |
| T.K 30代 男 初めまして。いつも楽しく読ませて頂いてます。そして読み終えると元気と勇気を貰ってます。 最近思ったことがありましたのでメール致しました。それは、僕は目が見えるので本を読むことができますが、目の不自由な人にも先生の作品に多く触れて欲しい、そして元気と勇気を貰って欲しい、といことです。先生の作品は映画化もされていますが、映画では視覚に頼るところもやはりあるのではないでしょうか。聴覚だけでも楽しめる方法として昔でいう「ラジオドラマ」のようなものがあります。しかしこれでは時間も経費もかかると思います。そこで考えたのですが、朗読したテープやCDの発売です。価格は単行本と同価格くらいに押さえられたら最高ですが。 出版業界のほうは全くの素人で勝手な発言とは思いますが、多くの人に先生の作品に触れて欲しいという他の読者のみなさんと同じ気持ちです。ご検討して頂けないでしょうか? |
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