| T 30代 女 宗田先生、はじめまして。 わたくしは2週間前から、アメリカ、P州の日本語補習校の国語の代行教師として働き始めた者です。中学2年生2クラスと、中学3年生の1クラスを教えています。 初めての授業の時に、生徒にプリントを配ったのですが、プリントをいち早く終えた生徒が「先生、本読んでいい?」と、取り出した本が宗田理先生の本でした。先生の本は私も読んだことがありますが、より知りたいと思い、ネットで検索したところ、このページを見つけました。 「サンフランシスコ通信」では日本語学校にお子さんを通わせている父母の方の気持ちがかかれていて、教師の側からはなかなか見えない側面をみることができました。海外でも続けて国語を学ぶことの大事さはわかっていたつもりですが、ご父兄側の気持ちを知ることで、ますますその重要さを痛感し、自分の責任は大きいと感じました。今のところ代行、の形となっておりますが、前任の国語の先生がおやめになったので、このまま私が引き継ぐことになりそうです。 生徒のおかげで、すばらしいページを見つけることができました。先生の作品やこのHPを読んで、いろんな側面の考え方を知り、これからの国語教育、学校教育につなげていきたいと思います。ますますのHPの発展をお祈りしています。 |
| 友 20代 男 宗田先生の日記帳を読んで、保育園の事を書かれていたので久しぶりに書きました。 前にも書いていたけど卒業設計で保育園を設計しています。まだエスキスの段階なんやけど、どうしても1番に思いつくのが自分の入ってた保育園のような自然の中の保育園でした。田舎に住んでるということもあると思うのですが…。 子供にとって保育園の建物は2階建てでより変化に富んだ空間の方がいいのか、とか非常時をベースに考えて作るか、もう少し日常生活にベースを置くかなどこれが1番良い!!というような物がなかなか見えてきません。 また保育園の設計をするにあたって、「原風景」という言葉に出会いました。原風景とは7、8歳ころまでの父母や家の中や遊び場や友達などによって無意識のうちに形成され、深層意識の中に固着する、いわば魂の故郷のようなもの。と書かれていました。そしてこの「原風景」の対象となるのが、保育園、幼稚園にかよう子供たちの年齢だと考えると、保育園の環境作りの重大さを思い知らされました。 今少子化と言われているのに入園出来ない人がたくさんいます。だからといって保育園に入園できたらいいという考え方は持たないでほしいです。保育園で過ごした環境が後々の人生観に大きく影響を与えると思うからです。 保育園とは親にとってまた子供たちにとって、どのような物が理想的なのか検討もつきません。人それぞれ考え方が違うから、完璧な保育園はなかなか作れないと思いますが、皆さんにとって保育園とはどういう物であってってほしいですか? |
| ジン 10代 男 何で大人は汚いんだろう? 自分の営利だけを追求しているだけで他の人のことは気にしない。 これじゃあまるで幼稚園児が砂場を巡って争うのと同じじゃないだろうか? しかし大人は子供と違う。大人には金も権力もある。だからタチが悪い。 邪魔なやつはすぐに消してしまう。 他の国ではこんなことは見られない。日本の何が純粋な子供をこんなに汚い大人にしてしまうのか。みんなだったらどう考える? |
| マイマイ 20代 男 宗田先生はじめまして。僕は今年で27歳になる無職の男です。 先生のことを知ったのは「ぼくらの七日間戦争」の映画が公開した時です。 その頃僕はまだ中学生くらいでした。 僕は幼稚園から小、中、高、専門校、会社と、いじめられない時代はありませんでした。とくに中学校の時と会社では…、内容を話したらきりないので省略しますが。 でも、ずっと漫画家になりたい、なってそいつらを見返してやると、それだけを心の支えにして生きてきました。 僕は七日間戦争の映画を見た時、おもしろいと思ったというより、こんなこと書いては失礼かもしれませんが、僕の当時考えてた漫画の内容に正直似てるなあ、やられたなあと思ったんです。それはきっと自分のあこがれを描きたかったから、先生の話に似たんだと思います。 専門学校の時、こんな僕にも十人位の本当に信じられる仲間が出来ました。あの時の感動といったら何者にも変えられません。ずっとひとりぼっちで家に籠もるしかなかった僕がやっと菊地や相原たちと同じ目線になれたんだと思いました。つい最近まで。 しかしやっぱり仕事や結婚などで一人減り二人減り、2年くらい前でしょうか、それまでも信じてたそいつらにひどいことされるようになってたのですが、決定的に裏切られてしまったのです。それ以来もちろんそいつらとは音信不通ですが、僕のショックは書きようもないくらいです。 今僕は精神科の病院に通って安定剤を飲む毎日です。いわゆるうつ病です。しかも人間不信になり、仕事すら恐くて出来ません。もう漫画も書く気力もしばらくでてません。漫画はそれまで僕の生きるすべてでした。もちろん漫画は並大抵の気力や努力じゃ作品など作れない職業です。生きる術を無くした僕は自殺もやりました。しかし途中でものすごく恐くなり、救急車を呼びました。 以来「死」までものすごく怖くなってしまいました。少しの血を流しても「死」を感じるようになり、今では馬鹿げた話ですが、老人や病気の方を見てるだけでものすごく辛いんです。自分でも情けない、悔しい、それは解かってます。でも今までずっと、ずっと何度も気持ちを前向きにしても結局もとの木阿弥なんです。 だから今では家にずっといる毎日です。やっと最近親も解かってくれるようになってくれました。僕が今までどういう人生だったのか。そして先生の今まで出された本を読み返しています。するとやっぱり少し元気出るんです。でもそれと同時にその頃どういう辛いことがあったか思い出し、やっぱり苦しくなるんです。 でも僕にはそれでもまだ親がいるから、なんとかこの辛い過去から抜け出そうと思います。そういう気持ちもあるんです。 時間はかかるでしょうが。それにたったひとりですが、先に書いた専門校の親友がまだ僕とつきあってくれるんです。心配してくれてるんです。それだけは信じていきたいと思います。 まだ僕は恵まれてると思って。宗田先生、読んでくれてありがとうございました。 |
| かのん 10代 女 こんにちわ。久しぶりです(^^) そろそろ先輩が板についてきたこの頃、後輩ってなんでか「敬語」が使えないんですよね。 あと礼儀作法。部活に送れてきても遅れましたって言わないし。 うちらのときもそうだったのかなー、なんて考えちゃいます。 ここ、テロの話がいっぱい出てますね。私は過去あったことをまだいつまでも「あーだこーだ」って言ってももう過去は過去だと思います。だからテロがおこったことでまた犠牲になった人々は新しいことを私たちに教えてくれたんだと思います。だからその犠牲になってしまった方たちのためにも新しい平和を作ればいいんだと思います。って、平和が簡単に作れれば苦労はしないんですけどね。 |
| Y 10代 女 今、メールコーナーでは戦争について話してますよね? 私は宗田先生の「子供達の戦友」のあとがきを何度も読み返したんです。 「自分がどうすれば良いのか」とか、「どうして戦争は必要性があるのか」とか、「戦争は人々の望むことなんだろうか」とか…。 ご飯の時もお風呂の時も寝る時も、そして授業中も…。 戦争について考える時間が非常に多くなってきた今日、この頃です。 私はやっぱり戦争なんかして欲しくないんです。 争って欲しくないんです。甘ったれた考えなのでしょうか? でも皆さんの意見を見ているとやっぱり必要なのかなぁとも感じることもあるんです。 どうして世界はもっと小さい物じゃないんでしょうか? 私がこうしてのうのうと生きている間にどれほどの命がこの世から消えていくんでしょう? 考えてもきりがないことだとはわかっています。 でも――でもですよ? 私は屋根のある所に住み、毎日、学校へ行けて、ご飯が食べれて、そして家族で旅行にも行けるし、何よりも安全だし、家族は生きている。私も生きている。 私は世界の人々の幸せをどれほど、奪っているのでしょう? どれほどの人々の絶望・怒り・悲しみ・憎しみを知らずに今日を生きているのでしょう? この世に神様は存在しないんでしょうか? どうして私だけが幸せに生きているんですか?そしてその裏にどれほどの悲しみと心の中で葛藤しながら生きている同世代の子がいるんですか? こんなのって不公平です。 戦争に関してもそうだし、ロシアで起こった劇場のテロ事件だって、何だってそう。 どうして私だけ――何の苦しみも知らずに生きることが出来るんでしょう? でも、そう想いながらも出されたご飯を食べ、当たり前かの様に学校行っている私が居ます。 どうしてこんなに汚れた人間になってしまったのでしょうか? 私は、戦争についての考えを言い始めてから「無知ということははどんなことよりも重い罪だ」と想う様になりました。 「私だって今が知る時だから」って思ってざっとでも良いから新聞に目を通したり、ネットで見てみたり――と空いている時間でやってみることにしました。 でも――戦争のことを見ているとどれほどの人々の苦しみがいまだ、知られずにあるのかを初めて知り、恥ずかしさと自分に対する苛立ちと犠牲になる、なった人々のことを想って涙が出ました。 宗田先生はどう思いますか? こんなの悩んだって無駄なこと…と思いますか? 私もそう思う時もあります。 でも――こんな私が生きていて、きらきらとした瞳を持ち、夢見る子達がどうして自分で望んでもいないのに死んだり、傷ついたりしなくてはいけないんですか? 私にはわかりません。 先生は神様を信じますか?いると思いますか? 私はいないと思います。 神様がいたら――こんな理不尽なことがあって良いわけ、ないですから。 もう、私は何を信じて良いのかも、どうしてココに生きているのかも、どうして人々が平等でないのかということがわかりません。 この世界で何が人々に与えられるのでしょうか? |
| 蘭 10代 女 >ともよさんへ 私の意見もわかって頂けたようで嬉しいです。 本をいつも読んでいる人のことを「あの子暗い、気持ち悪いよね!」と言ってしまうのは確かに言い過ぎです。 でも、本ばかり読んでいて休み時間に友達と会話もせず、ひとりで本を楽しんでしまうというのも少し寂しいなぁと私は思います。 けれど、もちろん本をたくさん読むのは人それぞれの自由ですし、本離れが進む中で、とても良い事だと思います。 |
| ゆうこ 10代 女 >けいこさんへ 私は確かにテロを容認しているのかもしれません。テロって行為は絶対にしてはならないっていうけど、アフガニスタンのの中に私が生きていたとしたら、きっとテロ、とめられないです。 テロってのも、思いをぶつける一つの方法だから。他にどうやってあの国が思いを伝えることができますか? テロが一番、世界に一番の衝撃と思いを伝えることができます。アフガンの人に他にもっといい方法が残されているんですか?自爆テロとかをする人達も、好きで人を殺していくわけではありません(無関係な人達を)。他に方法がないから、するんです。どうしてそれをとめることができますか? 無関係な人達をまきこんででも、そこでしなきゃいけないんです。彼らは。私達には確かに理解できない部分もあります。でも、国の為にだったら。聖地のためにだったら。自分の中で一番大切なものの為にだったら……。そして他に方法がないとしたら、テロもできるでしょう。 確かにアメリカのいっていることは、大義名分かもしれません。大義名分かもしれないけど、報復とか復讐って、そんなにおかしなことかな? たとえば小さなことでも、私達は復讐、してると思いますよ。誰でも。報復と復讐、結果的には同じです。結局、どう違うってことよりも、結果が一番大切だとおもいます。私はですけど。 戦争っておろかだとはやっぱり思えません。第二次世界大戦から何をまなんだか?それはやっぱりおろかさ、というよりは、私は汚さだと思います。愚かといって、ならなぜ私達でもわかるような愚かなことを国がするんですか? 日本はアメリカがけっきょく戦争したら、協力しますよね!? 何の意味があるんですか。 軍隊はもたないとかいっといて、結局他の国の軍隊を支援するなんて、なんの意味もないんじゃないですか!? 唯一軍隊をもたないとはいっても、今世界で軍事力が二番目に強い国は、日本です。(アメリカがダントツですけど)軍隊と自衛隊の何がちがうんですか?結局同じなんじゃないですか!? 結局日本は戦争は愚かだ、平和がすべてみたいなこといって、なんにも変わってないです!だったら、自衛隊もやめてしまえばいい。でも、それも結局できない。そこまで徹底的になれないのだったら、そんなきれいごとに何の意味があるんですか!?日本のそんなところが大嫌い。戦争をおこさないように、っていうけど、その姿勢をもつことは確かに大切だとおもいますが、けっきょく無理だろうな。とも思います。 わかりにくい文章になってしまってごめんなさい。 |
| 武宏 10代 男 以前に作品感想の方に書いてしまい色々とご迷惑をおかけしましたが、「ぼくらの」映像化については不可能なんでしょうか?読者の皆様や、HPスタッフ、宗田理さん本人などなど、色々な方から意見を聞きたいです。 映像化にこだわる理由についてですが、子供たちに「仲間と何かをするおもしろさ」を知って欲しいからです。本来なら小説を読んでもらうのが一番だと思いますが、最近の子供たちは本を読むことが少なくなったと私は思っています。そのかわり、ゲームをやることが多くなり、一人遊びだけがうまくなっているのではないでしょか? そんな彼らに「仲間と何かをするおもしろさ」を教えてあげたいのです。テレビっ子の多い現代ではドラマならば話題性や手軽さ、といった面ですぐにソレらを伝えることが出来るのではないでしょうか? 現代の子供たちの何かを変えるきっかけになれば、と考えています。小説を映像化するとオリジナル独特の雰囲気が壊れる可能性がある、ということもわかってはいるつもりです。しかし、それでも私は彼らに教えてあげたいんです。 ただし、宗田理さんが何らかの理由で映像化だけはしたくないというなら無理にとは言いません。皆さんの考えを待ってます。 |
| H 10代 女 こんにちは!私は先日講演をしていただいたP中学校生徒です。 『ぼくらはどう生きるか』を読んで、講演を聞いて、いろいろと考えることがあったのでメールしました。 子供のころの夢は? という質問が出たとき宗田先生の、「先のことは考えていられなかった」という答えに戦争の辛さ、悲しみが伝わったのと同時に、今って幸せなんだなあとあらためて感じました。 私には夢があります。(人に言ったことはあんまりないけど…)人を助けるとか、そんなに大きなコトじゃないけれど、その仕事で少しくらいは誰かが楽しんでくれるかもしれないし、それに自分の好きなことを仕事にしたいってゆうのもあるので!イタズラの話もおもしろかったですv私はあんまりイタズラを仕掛けたことないんですけど…(いや、記憶にないだけ!?)本にあったチョークのいらずらはやってみたいですねー(笑) 話は全然変わりますが、もう少しで文化祭があります! そのなかでクラスごとに合唱の発表をするのですが私のアルトパートはまったく声が出ていないんです。ソプラノにはいろいろ言われるし、歌を聴いた他のクラスの人には「アルトいないみたいだったよ」とか言われショック…。かなり追いつめられています(泣)とにかく他のパートに追いつけるように頑張ります・・ 「ぼくらはどう生きるか」を読んでいていろいろな人たちの意見、悩みを読んでいると私の悩みってすごく小さいなあ、とか思ったりしますがとにかく目の前のことから頑張っていきたいと思います(まずは合唱!!)講演会、本当にありがとうございました。 |
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