ボクラコム・メールコーナー

12月−1

シンタ 10代 男

はじめまして。僕は19歳の社会人です。
最近ここのサイトを知り、書き込みなどをさせてもらいながら楽しく利用させてもらってます。ここ1〜2週間くらいずっと考えていることがあります。それは「自分の人生」についてです。
もっと大きく言ってしまえば「人間の本質的な人生の送り方」です。誰もが知っている当たり前のこと、‘人生は1度しかない’。1度きりしかない人生なら楽しく幸せに、悔いのないよう過ごしたい・・・これも誰もが思うこと。じゃあ何を1番大切にすれば良いんだろうと考えると僕の中ですぐに答えが出てきました。
「プライベートな時間を何よりもたいせつにしたい」そう思ったんです。僕には趣味が沢山ある、彼女もいる。そういうことに費やす時間を削ってまで働きたいと思わない。むしろ、絶対にしたくない。少ないと思わない程度の給料で構わないからプライベートを大切にしたい。ヨーロッパでは、今の僕の考えのような生き方というか、そういうスタイルの人生を送る人が沢山いると聞きました。「スロースタイル・スローライフ」といって、「人生急がずもっとゆっくりとした生き方で物事を見つめようよ」という意味らしいです。若い人だけじゃなく、大人もそのスタイルで人生を送っている人が急増してるらしいです。日本じゃ大人がそういう生き方をするなんて考えられないし、絶対に有り得ないじゃないですか。外国人から「日本人は働きすぎ」と呆れられてるくらいですから。
でも、僕自身働き過ぎてる今の大人の生き方って・・間違ってるとは言い難いけど、正直疑問を感じます。口では「仕事って全てではないんだよ」と言いながら1週間の中で8〜9割は仕事に縛られて生活してる。それのどこが全てじゃないんだ?間違ってるとは言えないけど・・・‘何かちがうよ’って思ってしまう。そんな状態を見ている中で「希望を持ちなさい!」と言われても首を傾げる事しかできないし・・・・。
先程お話したヨーロッパの人達の人生のスタイル、僕はこれを聞いた瞬間に「これだっ!」って思いました。「心にゆとりをもてるから日々の生活にもゆとりが生まれ、プライベートな時間もしっかりと持てる。だからこそ、きちんと仕事にも取り組む」これが本来人の送るべき生活のスタイルであり、人生の送り方なんじゃないでしょうか?
何故日本人はそれをしようとしないんでしょうか?大人がそれに気付かない限り何も変わらないじゃないですか。それとも僕は間違っているんでしょうか?お願いです、教えてください。

けいこさん 10代 女

テロを容認してしまうと何でも武力に訴えることになってしまう、と私は思っています。気に入らないことがあると武力行使する、邪魔者は消してしまえとゆう方式が成り立ってしまいます。テロで犠牲となる人は罪もない人です。やはり私はテロを容認できません。
ゆうこさんが言っているように日本は様々な矛盾を抱えていることはたしかです。この矛盾から様々な問題が起こっていますよね。もちろんゆうこさんが言う自衛隊の問題も。あなたは、日本はたくさん矛盾抱えている、日本がしていることは汚い、だから私は日本が大嫌いだ、と言っていますよね。じゃあその後は?と私は思います。日本の抱えてる問題に憤りを感じたりするのだったら、それを反面教師として何かに活かしたらいいんのでは?今後どうしたらいいのかって方向性が見えませんか?あった事をぐたぐたゆってもしょうがない。そこから何か学びとっていくのが大事なのでは?
そうゆう意味で綺麗事だろうと理想を持つことは大事だ、と私は思います。理想を持っていないと何も変わらない。そんなに急に変わりはしないけど、変えようとしないと何も変わらない。人間の歴史からみて、民主主義が台頭してきたのだって理想を持った人達が行動を起こしたからですよね。すぐに変わったわけじゃない。ゆっくりでも何らかの行動を起こしていくしかないのではないでしょうか。私はそう思いますけど・・・
偉そうに言ってますけど、私だって何ができるか分からない。でも何かしなければいけないと思います・・・

M 10代 女

こんばんは。宗田先生。ココにメールするのは凄く久しぶりなことです。
今回メールしたのには訳があるのです。それは、私の通う学校の2年生(後輩)が事故死をしてしまったのです。私はその人とは全然係りが無かったので「死んだ」と聞いても、驚きはしましたが、何故か悲しくはありませんでした。しかし、いつもはふざけている男子も、その事を聞いて泣いていると聞いて、「やっぱり人の“死”って悲しいものなんだ」と思いました。
今回の「死」は、彼の自業自得だったのかもしれません。夜中、友達と一緒にお酒を飲み、免許も無いのに車を運転して、民家に突っ込んで。彼がそんな馬鹿げた事をしなければこんな事にはならなかったのに。そう思いました。けれど、親が私と同じ事を言っているのを聴いて「止めて!」って思いました。確かに私も同じ事を思いました。けれど、やっぱりどんな事をしたとしても、死んでしまった人の事を悪く言うのはいけないんだと。
明日から、他の人はどうやって生活していくのでしょう?
今まで一緒に部活をやってた子。隣の席に座っていた子。同じ学校で生活していた私達。明日からはどうなってしまうのでしょう・・・。当たり前だと思っていた事が、突然無くなってしまうって、どれだけ人の心を悲しくさせるんでしょう。
今回はたまたま、私のかかわりの少ない子だったけれど、もしそれが、私の親しい人だったら、もし、隣の席の人だったら・・・私は明日から、「今まで通り」に、生活できたでしょうか?そう思うと、なんと言って良いか分からなくなります。明日から、後輩達になんと言って接したら良いのか、分かりません。
彼は、中学2年生でした。修学旅行も知らないまま、自分の誕生日も迎えないまま、親や、友達、先輩、後輩、彼女、様々な人を残して、13歳という年齢で、亡くなってしまったのです。
彼は、自分を責めるでしょうか?友達は、自分を責めるでしょうか?「あの時、止めれば良かった」と。「あんな事、しなければ良かった」と。これから、一生苦しみを背負って生きていくのでしょうか?
私は、もうこれ以上、彼のような人がでて欲しくないです。
「悪いことは悪い」と、言える人が必要な時代なんですね。彼を止めることができたなら。
もっと、私達が積極的に、悪い事はしないようにと言っていたら、良かったのかもしれません。

ナオ 10代 女

宗田先生初めまして!先生の作品は中学生の頃からのファンでまだ、全ては読んでいませんがとても楽しんで読ませて貰ってます!私は、今日11月30日の鹿児島市であった、先生の講演会に参加しました!
実は私は今日用事があって先生の講演を最後まで聞くことが出来なかったのですが、先生の話と顔が見れただけでも嬉しかったです! でも、やっぱりサイン入りの本が欲しかった【笑】
先生の話を聞いて、自分でしっかりどういう風に生きていくか、本を読むことやや周りの人々と話し合いながら今から考えなくちゃな…と少し焦りました。先生の本を読んだりしながら、頑張っていきたいです!
また、機会があれば先生の話を聞きに行きたいです。ありがとうございました。

誠 20代 男

>マイマイさん
あなたの書いていた事が、なんとなく解るような気がしました。
正確には解ったような気がしただけかもしれませんが…
僕は、今年28歳になったばかりですが、今までイジメにもあった事もないし、人間不信にもなった事はありません。ですが、精神科に通いカウンセリングを受け、安定剤を飲んでいる毎日を送っています。
安定剤を飲んでいるってだけで、何が解るんだよって思うかもしれませんが、僕が薬を飲んでいる理由は不安発作(パニック障害)なんです。
普段の生活に支障はありませんが、電車や人ごみ、少しの遠出、それはいつ襲ってくるか解らない『死の恐怖』なんです。
その為、友達と一緒に遊びに行く事も出来ません。もし遊んでいる最中に発作が始まったらとか、電車の中で発作になったらと思うと、どこにも行けず…
家で大好きなゲームをしていても、突然なる時もあるんです。
まさしく発狂…呼吸困難…目眩…不安感…
僕は過去に、このまま死んでしまうんだろうなと思えた時が3度ほどありました。
それは自殺でも何でもなく14歳の時から患っている腎臓病が理由なんですが、死にたくないのに死んでしまう…それは例えようの無い恐怖で、最近では長い透析生活のおかげで、心臓も危ないと言われ出しました。
腎臓が悪くなった時に、サッカーをしていて絶対にプロになるって決めてたのに、運動をしてはいけない身体になりました。次に不安発作の影響で、大好きなドライブ&ゲームが奪われました。今では、心臓のおかげで、遊園地のアトラクション全般が禁止です…
やりたい事が次々になくなり、それでも僕は今、小説を書き始めました。
やりたい事じゃなく、やれる事という選択肢しかないけど、それでも楽しむ事だけは忘れないつもりです。
僕にはかけがえのない、親友と大好きな彼女がいるからです。
だから僕は、絶対に自殺なんかしない!自殺なんか出来ない!!
悪あがきでも、なんでも、命がある限りいき続けてやる!
人生には楽しい事がたくさんあるはずなんだから♪

のんびり のんびり 行こうじゃないか
のんびり ただ のんびりと…
その先が見えなくても のんびり

結局、何が言いたいのか分かり辛い文になったけど、お互い気楽に楽しもうって事です♪

麗香 10代 女

宗田先生、こんにちは。今日はもう限界なので愚痴らせてください。(> <)
私は、休学になった人に代わって風紀委員会の委員長を引き受けさせられちゃいました。
もともとじゃんけんで負けて副委員長ではあったんです。
でも、「引き受けたからには・・・」という思いで真面目に取り組み始めました。
うちの学校は、机の中に教科書類を入れていくのを禁止しているんです。
きちっと行われているかどうかをチェックする仕事は風紀委員の仕事なので、点検日を作りました。
で、今学期は2回行ったのですが・・・。
委員会担当の先生は、「はやく集計して持ってきて。」私も集計したい気持はありましたけど、提出期限を2週間過ぎてももってこないクラスがある・・・。
放送をかけたり、担任の先生に注意してもらったり・・・。
それでも持ってこないので、再び某担任の先生に、「持って来るように言ってください」とお願いに行きました。
職員室で、私に向って、彼はさらりと言ってのけました。
「僕は、もう一回も委員に言ったんだよ?あとは、集まらないのは君らの責任だろ?自分達で取りに行ったら?」
私は冷静さを保つのに一苦労。よくまぁ、指導力のなさをあっさり認められますねぇ・・・。
それで、ムカムカしながらそのクラスへ。ところが、「持ってきてません。」
今日、怒り狂わなかった自分に拍手です。(苦笑)
明日、会ったら、多分切れる。
どうして、そんな無責任なことを担任が言えるのでしょうか?自分のクラスの不始末なんだから、謝罪するとか、もう少し丁寧に対応するとかできないんですかね。
あんな人が教師なんて・・・。
怒りのあまり、何言ってるのかよく分らなくなってきたので、この辺で愚痴は終わりにしておきます。
本当に学校が嫌いだ。楽しい事が何もなくなってきた。やれやれ。冬休みが楽しみだなぁ・・・。(苦笑)

あみーご 10代 女

久しぶりに、メールします☆(^^)
最近、ぼくらシリーズを最初から読み返しているんですけど、改めてぼくらの仲間はスゴク強い絆で結ばれているんだと思いました。今の友達関係では、なかなかあそこまではできません。天使ゲームでは、幼稚園を、老稚園へ。地方で、友達や友達の家族が困っていたら悪い奴を倒しに行くところなど、いろいろ・・・・・。それに発想も豊かで、素直に笑える(喜べる)ものだと思います。私も、もしそういう仲間がいたら、こういうことをやってみたいです。(^_^)
今は、魔女戦記を読んでいますが、1に載っている言葉(文?)は、いかにもぼくらって感じです。

  人がその友のために自分の命を捨てること、これより大きな愛はない。

初めて見たときはまだ、『うぅ〜〜ん?』という感じだったんですが、もう一度読んでみると、心にじぃ〜〜んときます。もう1つ心にぐっと来る言葉は、

  友を救うためならば、親も先公もだまします。

これは、ありえないなんて、絶対に言わせません!!たしか、このあとに、『いよいよ明日は殴りこみ、にっこり笑って星を見る』とあったような気がしますが・・・・・・。とにかく、これほど心にきたものはありません!!!
これからも、ぼくらの関係が崩れないことを祈っています。

真耶 10代 女

宗田先生、初めまして。中学生になる前の春休み、図書館で「ぼくらの七日間戦争」を見つけて、それから宗田先生のファンになりました。
突然ですが、私のクラスに、お兄ちゃんが障害者の男子が居ます。その子は(小学校か
ら一緒な子はほとんど知っているのですが)皆にその事を隠しています。今度、学年で近
くの養護学校と交流会をするのですが、その話し合いを6人の班ごとでしている時に、
「障害者なんて人間になれなかった動物なんだから生まれた時に殺しちゃえばいいんだよ。」
と、言っていました。そのときは私と友達の二人で
「それじゃあそういう人が生をうけた意味がないじゃん。障害者として生まれてきたとし
ても、その人は生きているんだよ。」
と言っていたのですが、私はあまり強く言えませんでした。
その子は、生まれた時から家に身体の悪い人が居て、ずっと一緒に暮らしてきて、私な
んかが思っているよりもっともっとたくさんの経験をしていると思ったからです。
その子の言っている事は凄く酷い事で、それを口にする事は絶対にいけない事だと思う
んです。でも、実際にそういう人と接してきた人に言うには、私の言葉は余りにもきれい
ごとなんじゃないかと、そう考えると何も言えませんでした。
その子はこうも言っていました。
「昔はさ、障害者がうまれると医者が首ひねって殺したんだって。そんな慈悲深い時も
あったんだよ?」と。
「それは、そういう人たちがちゃんと生きていける環境があって、生きてていいってこと
なんだよ。」
と返しましたが、とても悲しくなりました。その子の言う事が本当かどうかは知りません
が、それを『慈悲深い』と言い切ってしまうほどの経験が、その子にはあるのだと思いま
した。
宗田先生は、障害者について、その子の事についてどう思いますか?

K 10代 男

中学2年です。小学校の頃からぼくらシリーズ読み始めました。
昔、本が大嫌いだった私に、ぼくらシリーズは、本とのふれあいを与えてくれました。
そして、いまでは、たくさんの本をよむようになった自分がいます。
私は、「コブラ記念日」が一番好きです。というより、感動しました。
瀬川さんが亡くなられたときは涙がとまらず、生まれて初めて感動して涙を流しました。
これからもいい作品をたくさん書いてください。

アスカ 10代 女

>かのんさん。
前、ウチの部活の後輩も敬語が使えてませんでした。
何回か(?)注意したんで今は普通の敬語(丁寧語)です。
挨拶とかはちゃんとするんですけどねぇ・・・。でも今はあまり気にせず・・・。
この前後輩の教室に行ったんです。それで後輩の子に「○チャンいる?」って聞いたらほかの子に「いない」って普通に言われてしまいました・・・。もしかして同じ学年に見られたかも知れないです。ショックです。
でも何で先輩と後輩っていう区別みたいな感じのものが中学生になったらあるんでしょう?
不思議です。小学校のときはたいしてなかったかと思うんですけどね・・・。でもあまり小学校のときは上の学年の人とかとは関わりがあまりなかったんですけどね・・・。

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