ボクラコム・メールコーナー

3月−4

ドナルド 10代 女

いろいろと読ませていただきましたけども、やっぱりみなさんも考えたりしてるんですねー戦争のこと。
なので私は明るい話を。皆さまご入学、ご卒業、おめでとうございます。でもあれですよ明るい話で盛り上がっていきたいわけですょはい、実際今の気持ちをはなすなとは言わないのですが、やっぱり明るい話をしていかないですか?
皆さまどうおもいますか?

あやか 10代 女

おひさしぶりです。
戦争がはじまってしまいましたね。今も、何人もの兵士が、一般人が、亡くなっていっていると聞きます。
私は、戦争がはじまるまえに、「人間の盾」となっている人の報道を見て、私も行きたい、行かなくてはいけないとおもいました。
でも、今でもこうして、テレビで報道を見ていることしかできていません。自分の無力さに腹が立ちます。
デモにも参加していないし。戦争を起こしてほしくないとは思っているし、関係のないイラクの人々をできることなら守ってあげたい。でもなすすべを知りません。
ただ、テレビを見て、心を痛めることしかできません。
どうして戦争なんかするんやろう。報復? 宗教? 正義? 自由? そんなもの当事者だけで話し合えばいい。本当の良い・悪いは一部のひとだけでは決められないのに。
私は関係ない人々を巻き込むことに腹がたちます。武装もしてない人々を殺すなんて。
私にでもなにかできることがあるかな…と考える日々ですが、まだ何もできません。できることがあれば、教えてください。

雷電 10代 男

最近高校から出された国語の論説文に、興味深いものがありました。山下正男氏の「論理的に考えること」っていう評論です。内容はこんな感じです。

未来の進路を選択するとします。このときいったん決断し、選択を終え、選択のどちらか一方が現実になってしまったら、可能性も必然性もありません。悔やんでも始まりません。「後悔先に立たず」です。
歴史的事件でも、個々人の行ったことでも、起こったあとは可能性の世界ではなく、現実の世界です。そして「可能性」と「現実」を混同することはできません。起こった事実について、他の可能性をうんぬんするのは無意味です。可能性と現実の区別の無視です。
過去のことから現実化したことの他の可能性を論じるのは愚かな繰りごとです。しかし「前車のくつがえるは後車の戒めなり」というように、過去の失敗を参考にして、未来の可能性を考え、よき決断をすることはりっぱなことなのです。そしてこれこそが歴史に学ぶこと・経験に学ぶことなのです。

要するに過去に可能性を求めるより、未来に可能性をもとめよ、ということです。現在のイラク情勢にもあてはまりますね。さあ、no warは可能性でしょうか?
この場合の「可能性」とは、「選択のうちのひとつ」のことだと思います。ですから問題はno warが取るべき選択の一部であるかどうかということです。次に控える北朝鮮問題にno warという選択肢は果たして現れるでしょうか?
教科書に出るような堅苦しい論文でも時勢を穿っていることがあります。教科書は現実でなんの役にも立たないという人は、物事の価値や意味をちっともわかってません。
アメリカ・イギリスおよびイラクの選択肢にno warがあったとしても(僕はそうは思いません。ないからこそ専門家は戦略的な選択肢の反省に移っているのです。それを今さらうんぬんいうのは無意味です。少しでもno warの選択支があったなら、近い未来の北朝鮮問題の選択肢を考えてみてください。
小泉総理の「決断」は、この山下正男氏(このかたは年齢から戦争経験者です)の文から判断すれば妥当です。北朝鮮問題のためのno warの選択肢として、アメリカを支持したのです。
僕は日本の決断は未来の可能性を考えた正しい選択だと思います。北朝鮮問題を無血で解決するための可能性を、アメリカ介入が持っています。結果、僕の意見や日本の意見が間違っていたとしても、それを非難し、後悔するようなことはしないでください。無意味です。
最後に。
発言者のみなさんへ言いたいことがあります。
いじめだの、こどものけんかだのなんだのといった発言は、奇抜な発想でもなんでもありません。戦争をそういうふうにとらえるよりは、自分たちが現実に近づくのが先決です。自分たちの次元に近づけてもそれは正しい理解ではありません。現実をまげてます。あとレトリック(たくみな表現)におぼれるのも読者にわかりにくいだけです。
別な意見のあるかたは「ぼくらの寺子屋」にどうぞ。ここにメールをおくるかたにもぜひ寺子屋にきてほしいです。

M子 10代 女

このページにきたのは2回目です。
戦争!さいあくです。アホです。
今イラクとアメリカはなんのために戦っているの? この世の中に役に立つこと、どの国も平和になるために戦っているわけではない!
その反対でみんなが不幸になっていくことだと思います。
誰かのために、そして自分のために戦うケンカとはわけがちがうとおもいます。戦争がどれだけ大変かくるしいか悲しいか1番わかるのは人なのに…。
でも僕らシリーズを見ていつも元気が出ます!これからもよろしくおねがいします!

ゆい 10代 女

私は、ぼくらの仲間みたいに固い友情で結ばれた「仲間」はいないけど、悩みを聞いてくれる友達がいることを幸せに思います。だから、学校も毎日楽しいです。これからも、友達を大切にしていきたいです。

さとみ 10代 女

国連が、『もっとイラクを調べよう、武力行使はそれからだ』っていってるのに、
アメリカはそれを無視して戦争はじめて、おかしいと思います。
国連より、強い国の意見が通るのだったら、怖い世の中になるっていってる人もいます。
アメリカだって、大量破壊兵器持ってるのに、ほかの国にはダメって、おかしいと思います。
ほかの国にダメって言う前に、アメリカが捨てるべきだと思います。
生物化学兵器だって、禁止するくらいなら、開発しなきゃいいのにって思います。
私は戦争がきらいです!

かのん 10代 女

宗田先生お久しぶりです。今日成績表が返ってきました。努力が足りないなぁとつくづく思ってしまうような成績でした(苦笑)

yuuさん、学校は楽しいです。友達といっぱい喋ったり、勉強そっちのけで、部活や委員会などをやってます。なんで楽しいの?って聞かれてもチョット困るところもありますが。
宗田先生の本を読んでからちょっと友達づきあいが変わったところもあります。本当に先生の本はすごいパワーを持ってるなって思います(^^)

話は変わりますが、イラク戦争始まってしまいましたね。私も祐希奈さんと同じように約束の時間が来た時は学校にいました。そして学活の時間で「火垂るの墓」を見てました。見終わって教室に帰ってきて皆で戦争について世間話をしてました。私の周りには戦争反対だけれどフセイン大統領を倒す為なら仕方ないって人が多かったです。私は戦争反対です。
私の学校からは海が見えます。海を見ながらあの海の向こうでは戦争が始まってるのかななんて思うと、私たちはこんなにのんびり学校にいていいのだろうかって心配になりました。

私たちに何が出来るのか。部活中に友達としゃべってたときにズボンの裾を片方だけ上げてこういいました。これって平和の意味なんだってねって。それで私たちは片方だけ裾を上げて部活をしていました。
何が出来るか。デモに参加する勇気がない人たちはこうやっていろんな人と戦争について話すことなどもデモと同じぐらいの力があるんじゃないでしょうか?

Y 10代 女

こんばんは。
戦争…。結局止められなかったですね。
国連の力とは、アメリカあっての、っていうのがあるようで。
なんか凄いショックです。全会一致ではなかったんですよね?
まぁ元々日本は常任理事国ではないけれど、小泉首相の曖昧というか、矛盾というか、あんな話では、少し困りますね。
なんだかブッシュ大統領に対するゴマスリ?なんて私が言ってはダメですが。
国連に莫大に援助する代わりに、みたいな晴れない感じがしますね。
悲しいです。『PEACE NОW』
まさにそんな感じです。フセインが死ねばいいのか?
北朝鮮がなくなればいいのか? そんなのではダメなんですよ。
大切なのは“キモチ”ですからね。国なんて、人種なんて、言葉なんて関係ありませんよね?
人の持つ心は十人十色なんですよ。私も先生も。

グリーン 10代 女

私は今回の戦争はただのイジメにしか見えない。
もちろん、アメリカが、イラクを、いじめているようにしか。イラクが大量破壊兵器を持っているのなら、それは見過ごすわけにはいかない。
しかし、戦力としては、アメリカの方が大きな力を持っているに決まっている。大きな力を持っている者が、自分よりも弱い戦力の持ち主に「武器を捨てろ」というのは不合理ではないだろうか?
しまいには、今どんどん犠牲者が増えてきている。私が(私だけではないと思うけれど)一番恐れていたことだ。
アメリカ側は、出来るだけ犠牲者はでないようにしたい、とは言ってはいるが、そんなことがどうやって出来るだろうか?
戦争を始めたことによって、なんの罪もない人達が犠牲になっているのは目に見えていたはずである。
とにかく、1日も早くこの戦争が終わる事を願い、そして平和的解決を望む。

遥 10代 女

悲しきかな
人を殺めし戦争が再び
人々が血を流し合う
戦争が
私たちの見えない、私たちのいる同じ世界で
同じ星に生まれた人間が
同じ星に生まれし同志を
殺す
こんな悲しいことがあろうか
こんな辛いことがあろうか
こんな心がいたむ事があろうか
こんな嘆くような事があっていいのだろうか
こんな悔しい事があっていいのだろうか
こんなにも
激しい怒りを覚えたのは
私だけだろうか
世界は
破滅の道へと
歩む
その世界を担うのは
私たち
激動の世界
悲しみの世界
それを変え行くのは私たち
若人たちよ
立ち上がろう
平和のために

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