ボクラコム・メールコーナー

7月−1

与太郎 10代 男

中学の頃から「ぼくら」にハマってます。この春一浪の末、大学生となりました。
私はいわゆる「お受験」を経て都内の国立大付属の小中学校を卒業したのですが、いい思い出と言えるものはほとんどありません。別にいじめられていたとか、そういうことではなく、友達も数は少ないですが「濃い」関係で付き合っておりました。
私の父は劇作家兼演出家で、母は父の弟子でした。そういう環境に生まれたせいか、私はよく人から「変わっている」と言われます。サラリーマン家庭に比べたら変わっているのも当然かもしれません。別にそのことで傷ついたことはありません。しかし、小学校での私の担任の教師にはそれが許せなかったようです。というのは、私が何かするとすぐに怒るのです。
後で知ったことですが、その教師は教頭試験に落ち、さらに妻子に逃げられ、そのどうしようもない鬱憤を私にぶちまけていたようです。そんな彼にとって、常に「変わった」ことをして目立つ私が格好の標的となったのでしょう。こんな人間がなぜ人を教え諭すような地位に就いていられるのか、疑問を禁じえません。最近聞いた話では、彼はめでたく教務主任になったという話です。
中学では勉強組とツッパリ組にきれいに分かれていて、そのどちらでもなかった私は常に浮いていました。加えて教師たちは生徒にほとんど自由を認めず、画一的教育に精を出していました。私が「ぼくら」に憧れたのも当然の結果かもしれません。
問題は高校でした。私は東大合格者を毎年多数出す国立大付属高校に入りました。ここではさすがに上位の成績を取ることはできませんでした。生徒もいわゆる「純粋培養」の人間が多く、偏差値で人間を判断するような女もいました。
このときの担任がまた最悪でした。まず何より性格が悪い。学歴コンプレックスもあったのかもしれません。彼もまた成績で人間を判断するような人物で、自分より強い人にはこびつらい、そのくせ学歴のない用務員の方を小ばかにするなど、弱い人は見下すという最悪の人物でした。
ところが親や生徒に取り入るのが実に上手い。生徒も生徒でセンセイの言うことを素直に聞いて育ったものだから素直に彼を信じる。だから許せないが親と生徒に人気はありました。
私は劇団の息子として生まれたせいか人を見る目はあるつもりでしたので「ヤツはとんでもない野郎だ」と常に言っておりましたが、「センセイとは仲良くしなければならない、センセイの悪口を言うなんてとんでもない」というクラスの連中から総すかんを食らいました。
そして卒業後。浪人中の私の耳にとんでもない情報が入ってきました。それは彼が教え子の女の子をホテルに連れ込んで懲戒免職になったというものでした。そのときの私の気持ちをお察しください。加えて家庭科の調理実習での集団食中毒の隠蔽が発覚。あわせて週刊誌のネタになっていました。「有名進学校の真実!」とかいう見出しで。
今私は二流の私立大におりますが、あのとき私をつるし上げたクラスの連中は今ほとんど東大にいます。そして彼らは従順なまま社会の中枢を担っていくのでしょう。つらい、悔しい思いをほとんどすることなく。
私は今弁護士を目指しています。そして社会的弱者の救済に努めたいと思います。宗田先生、どうぞこのネタを使ってください。私もここまでしゃべって非常にすっきりしました。どうぞお体に気をつけて。新作期待しております。
p.s.どうでもいいことですが、私の父の本名は英治、芸名は英介です。何たる偶然。

KAI 10代 女

5月に書き込まれた春香さんこんにちは。そして初めまして。KAIと申します。今回あなたのメールを読んで、メッセージを書きたくなりました。
私も一時期、世界の戦争や貧困のことなどが頭に焼き付いて離れない時期がありました。毎日、新聞で民族紛争の記事を探したり、ユニセフなどの世界機関の情報を集めたりしました。しかし行き着くところは、「では一体私に何ができるのか?」というその当時は答えの出ない疑問でした。結局私はそんな世界とはほど遠いこの日本に住んでいるのだ、と哀しくなったりもしました。
だけど今考えてみると、世界の貧困などを自分なりに考えること、それだけでも自分を大きく成長させているのではないでしょうか。世界50億人の中のたった一人しかいない春香さんが、夜も眠れないくらい真剣に世界規模の問題を考えている。一見無謀に思えるかもしれませんが、それこそが大切なんだと思います。はじめは答えを出すことが困難でも、真剣に考え続けるうちにだんだん自分なりの答えが出せるんじゃないかと思います。私は今18で、そういう問題を考える機会が以前よりかは減りましたが、考えるときはやっぱり真剣になってしまいます。というより、真剣にならざるを得ないと思います。
現在世界は、イラク戦争や北朝鮮問題などで、いつ平和の糸が切れるか分からない状態にあります。春香さんの言っていた貧困もさらに大きくなるでしょう。一方日本では自国の治安・経済の悪化で他の国のことなんて考えている暇がなく、大人といえば半分冷めた目でこの今の世の中を見つめています。そんな現代だからこそ、私たち若者がいろいろな事を知り、考え、悩み、変えて行かねばならないのではないでしょうか。確かに私たちは世界に2番目という非常に裕福な地位にあります。だけどそれは決して貧しい国とは無関係にあるわけではないし、決して貧しい国の問題を考える資格がないわけではありません。この問題はこれからの未来、私たち若者が過去の先入観や偏見を取り除き、新しい観点から新しい改善策を求めていくべきものではないでしょうか。
長くなりましたが、私の考えを書かせて頂きました。春香さんへの答えになっていないかもしれなくてごめんなさい。でも春香さんも含め、これを読んでちょっとでも何かを感じて頂けた人がいたなら、私にとってこれ程嬉しいことはありません。ここまで読んでくれた春香さん、皆さん、ありがとうございました。

あみーご 10代 女

ものすごく久しぶりにメールします。中2になったあみーごです。
ここんとこ、私の学年に「宗田理ブーム」がまきおこっています。
学校の図書館の「ぼくらシリーズ」、「2A」は殆どが貸し出し中になっており、今度には新しく本が入るとのことです。
教室とかで「ぼくら」を読んでいる人が何人かはいます。国語の授業でやった読書感想文では『ぼくらの七日間戦争』について書いている人が(私を含め)5人ぐらいいました。
このブームがおこる前から読んでいる私は、なぜかとても嬉しくおもいました。なぜかというと、みんなと共通の話題がもてるからだと思います。もっともっと色々な人にぼくらを読んでほしいです。そして、友達に、ここのホームページを薦めてみようかと思っています。

ハルカ 10代 女

私は関西の私立高校にかよっている高1です。
私は生まれつき耳が聞こえません。「ぼくら」の佐山君と同じぐらいです。
手話は出来ません。読唇術というものを10歳から関東まで習いに行きました。今は普通の人と同じように話し、学校生活を楽しく過ごしています。
しかし、中学生時代はいじめられっぱなしでした。発音が悪いから、、、っていじめるのはおかしい! と憤慨しながら耐えていました。
学校を休んだ事はあらへんかった。休んだらずるずると休んでしまいそうやし、休んだら負けだと思ったし、でも1人でいるのはとても勇気がいることなんや。1人でいるのは泣きたくなるねん。寂しいねん。
私のことをわかってくれる友達は同じクラスに一人もおらへんかったので、他のクラスの友達のところで泣き崩れた事もあったねん。
負けたら相手の思うツボやし、だからっていうて学校に来なくなってもいじめてる奴は痛くも痒くもあらへんのや。嫌な奴が来なくなってせいせいした、って思うぐらいやねんやから苦しいけど負けたくあらへんかったねん。
学校に来て諦めずに負けずに来てたら、いつかは勝つねん。苦しかったら泣いたらええねん。笑う奴は勝手に笑わしとければええねん。負けたらあかん、負けやと思ったらあかん。
いじめる奴は心の奥に優越感があるからいじめるねん。勝ってる、って思ってるからいじめるねん。そないなおかしいことあるか。
人にゃ悪い事かて、ええとこかてあるわ。
いじめる奴は一度いじめられた方がええねん。一度いじめられたら苦しさがわかるわ。悲しさが分かるわ。自分生きてる価値あらへんのかって思うわ。

花火 10代 女

こんにちは☆友達に薦められて「ぼくら〜」を読み始めたのですが・・・これがほんとにおもしろいですね! 最近は、ずーっとよんでます!もうやばい!!ほんとにすき☆
特に、相原は大好きです!頭もいいし、冷静だし、かっこい〜!あっ、もち英治もすき〜☆

アキラ 10代 男

初めまして!!只今青春真っ盛りの男子高校生(一年)です。(笑)
以前から、何度もHPに足を運んでいたのですが、今回初めてメールを送ります。
僕が先生の作品を読むきっかけとなったのは、中1の時の友達が「この本、おもしろいから読んでみ」と貸してくれた一冊の本からです。それは、「ぼくらシリーズ」の第一弾でした。
とにかくすごくおもしろくて楽しくて、すぐにハマってしまい、友達に「ぼくらシリーズ」を全部貸してもらいました。
「新ぼくら」の方は、買える分は自分で買って、あとは、その友達に貸して貰いながら、読んでいます。学校の図書館にも何冊かあって、それらも読んでしまいました。
一体、どうやったらこんな作品が書けるんですか? 不思議でなりません。僕には、こんな文才はないので、とても羨ましく思ったりもします。(笑)

突然話は変わりますが、僕は、演劇部に所属しています。9月に文化祭で劇をするのですが、役者が4人(内1人は三年生)しか居ません。それに、今度の文化祭でやるお芝居の台本を、各自で1つは作ってくるようにと言われてしまったんです!
僕は、一体どうしたらいいのかさっぱりわかりません。4人しかいない中で、1時間くらいの高校生らしい作品、というのは、どうしたら書けるのか、わからないんです。書くコツがあれば教えて下さい。

のりまきあられ 10代 女

こんばんは。わたしは、今年高1になりました。
「ぼくらシリーズ」ははじめ『卒業旅行』を読んでとてもおもしろかったので、1番最初の『七日間戦争』を読み始めました。
2年ぐらい前から読んでいて本を読みながら、ひとりわらっていました。きっとまわりはなぜ笑ってるのか不しぎだったと思います。ちょうど『最終戦争』を読んでいたころに友達が私が笑ってるのを見て「おもしろいの?」ときいてきて「おもしろいよ」といったら貸してほしいといったので貸したら、その子もついにはまってしまいました。
いまは、読んだ本を何回も読んで笑いまくっています。また、英治たちが活躍する本が読めるといいです。期待して待っています。

N 10代 女

初めまして。いつも楽しく読ませてもらっています。
小説は字がおおくて読む事が嫌だったけど、兄さんと姉さんが宗田理先生の作品について話をしていたのを聞いて読んでみようと思って初めて小説を読みました。
宗田理先生の作品はとても面白くて読みだしたらとまりません。
読み終わるとまた新しいのは読みたくなって今では小説が大好きになりました。
これからもがんばって楽しい作品を書いて下さい応援しています。

りんご 10代 女

こんにちわ。はじめまして。いつも楽しく「ぼくらシリーズ」を読ませていただいています。
私が「ぼくらシリーズ」を読み始めたのは、たしか小学生だったと思います。
『ぼくらの七日間戦争』、あれは私にとって衝撃的なものでした。私自身がとても小さな人間に感じました。
私は自分で言うのもなんですが、結構活発な人間だと思います。運動も好きだし、人見知りはしないし。
でも、私には先生と全面戦争をしようという勇気はないだろうな、と思いました。
そんな仲間もいないだろう。すごく切なくなりました。
普段先生や政治家、そういうしっかりしなくてはいけない人間が悪事を働いたりしていることに不満を感じている私ですが、不満を感じているだけで行動したいのにできない、
そういう状態です。
だから英治や相原をみているととにかくワクワクします。
私は見てみたいです、英治達が60歳になったときを…。
でも、今60歳を書いてしまうと、もう英治達の話はなくなってしまう気がするので、もうちょっと、いやかなり先に書いて欲しいです。
私は永遠に彼らの人生をみていきたいです。
個人的には相原をいっぱい出してください(笑)

maco-t 20代 男

>5月に書き込んだたけさんへ
はじめまして!
僕も同じように腎臓病でヘコんだ日々を送った一人です。
僕が発病したのは、小学校6年で中学2年から早15年透析をしています。
でも、こんな僕が頑張れた理由の一つに『僕らシリーズ』があったからだと思います。
今では、かなり調子が悪い時意外は笑顔で暮らせるようになりました…と言うより笑顔でいる事の大切さを知りました。
これからも、どんな時も笑顔だけは忘れずに頑張って行こうと思います!

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